【乳がん】ホルモン陽性・HER2陰性の早期乳がん——術後の『追加の治療』と『晩期再発』の話
乳がんの中でも、いちばん多いタイプが**「ホルモン受容体陽性・HER2陰性」**(ルミナルタイプなどと呼ばれます)です。手術を受けた方の多くが、このタイプにあたります。 このタイプは、比較的おだやかで、予後(見通し)が良いとされています。それはとても心強いことなのですが、一方で、知っておいてほしい特徴があります。それが—— 再発が、術後5年、10年と経ってから起こることがある(「晩期再発」) という点です。 「手術から何年も経ったのに、なぜ薬を続けるの?」——そう感じる方もいらっしゃいます。この記事では、その理由と、**近年ふえてきた「術後の追加の治療」**について、できるだけやさしくお伝えします。 ※本記事は2026年7月時点の一般的な情報です。実際の治療は一人ひとりの状況で異なります。必ず主治医とよく相談してください。 1. なぜ、術後に長く薬を続けるの? ホルモン陽性の乳がんは、女性ホルモン(エストロゲン)を"栄養"にして増える性質があります。 そこで、術後はホルモンの働きを抑える薬(ホルモン療法/内分泌療法)を、5年〜10年という長い期間、続けていきます。これが、このタイプの治療の土台です。 長く続けるのは、先ほどの**「晩期再発」**——つまり、時間が経ってからの再発を、できるだけ抑えるためです。目に見えないところで、じわじわとリスクを下げてくれている、と考えていただくといいと思います。 多くの方は、このホルモン療法だけで十分です。これが大前提です。 2. 「再発リスクが高め」の人には、追加の治療という選択肢がある 一方で、 リンパ節に転移があった しこりが大きかった がんの悪性度が高め(細胞の増える勢いが強いタイプ)だった といった理由で、再発のリスクがやや高いと判断される方もいます。 こうした方には近年、ホルモン療法に"上乗せ"する追加の治療という選択肢が出てきました。日本で使えるものとして、主に次の2つがあります。 ① CDK4/6阻害薬(アベマシクリブ) がん細胞が増えるときの"アクセル"を抑えるタイプの飲み薬です。リンパ節転移があるなど、再発リスクが高い方を対象に、ホルモン療法に一定期間追加することで、再発をさらに抑える効果が示されています。 ② S-1(ティーエスワン) 古くからある飲み薬タイプの抗がん剤ですが、再発リスクが中くらい〜高めの方で、ホルモン療法に1年間加えることで再発を抑える効果が示され、日本で使えるようになっています。 (※海外では、これら以外の薬も使われていますが、日本でまだ承認されていないものもあります。「海外で使える=日本でも同じように使える」とは限らないので、主治医に確認してください。) 3. 「いつまでに始めるか」も大切——時期の話 実は、これらの追加治療には、**「始める時期」**という、もう一つ大事なポイントがあります。 これらの薬は、いずれも手術後の比較的早い段階で、ホルモン療法と一緒に(あるいは始めて間もない時期に)上乗せすることを前提に、効果が確かめられてきました。研究で対象になったのは、おおむねホルモン療法を始めてから1年〜1年ちょっと(手術からは1年数か月)までの方です。 裏を返すと、ホルモン療法をすでに何年も続けてきた方に、今から追加するという使い方については、効果があるのかどうか、まだよく分かっていません。 ここからは筆者(医師)の考えですが——ホルモン療法を始めて1年〜1年3か月くらいまでの方であれば、追加を検討する根拠はあると考えています。一方で、その時期を過ぎてからの追加は、効果がはっきりしないため、保険が使える治療(保険診療)としては認められない可能性がある、というのが現時点での私の見方です。 ですから、「自分は追加の対象になるだろうか」と考えるときは、再発リスクの高さだけでなく、ホルモン療法を始めてどれくらい経っているかも、あわせて主治医に確認してみてください。 4. 大事なのは「誰に追加するか」——全員ではありません ここが、いちばんお伝えしたいところです。 追加の治療は、“全員がやったほうがいい"ものではありません。 予後の良いこのタイプでは、多くの方はホルモン療法だけで十分です。追加の治療が意味を持つのは、再発リスクが相応に高いと判断される、一部の方です。 追加の治療には、当然ながら、 副作用(お薬によって、下痢・吐き気・血液の値の変化など) 続ける負担(数か月〜2年など、一定期間の通院・服薬) もあります。ですから、 「その人の再発リスク」と「治療の負担」を天びんにかけて、本当に上乗せする意味があるかを、主治医と一緒に決める これが基本です。「新しい薬が出たから、みんな使うべき」という話では、決してありません。 5. 不安になりすぎないために 「晩期再発」「追加の治療」——言葉だけ聞くと、不安が募るかもしれません。でも、順番に整理すると、こういうことです。 ホルモン陽性・HER2陰性は、もともと予後の良いタイプ 術後のホルモン療法が、長く再発を抑える土台になる 多くの方は、それで十分 リスクが高めの方には、追加の治療という"引き出し"も増えている 何をどうするかは、あなたの状況に合わせて、主治医と決められる 治療の選択肢が増えているのは、**「より一人ひとりに合わせた治療ができるようになってきた」**という、前向きな変化です。 気になることがあれば、遠慮なく主治医に聞いてください。「自分は追加の治療の対象になるのか」「自分の再発リスクはどれくらいか」——それを一緒に考えるのが、いまの乳がん治療です。 あわせて読みたい 薬物治療はどう変わっているか——『個別化』の中身を患者向けに解説(2026年) 【医師向け】HR陽性HER2陰性早期乳がんの術後上乗せ療法——アベマシクリブ・リボシクリブ・S-1をどう位置づけるか(※専門的な内容です)