乳房を「とりもどす」という選択——乳房再建の基礎(時期・方法・保険)
「全部取る(全摘)ことになりそうです」——そう伝えられたとき、多くの方が頭に浮かべるのが「胸の形はどうなるのだろう」という不安です。 このとき知っておいていただきたいのが、乳房再建という選択肢です。失った乳房の形を、手術でつくり直すことができます。しかも、多くの方法が保険診療で受けられます。 この記事では、乳腺外科医として20年診療してきた立場から、再建の「時期」「方法」「費用」の基本を、なるべくやさしく整理します。別記事「乳がんの手術——温存か、全摘か」とあわせて読んでいただくと、手術全体の見取り図がつかめると思います。 ※制度・保険適用の内容は2026年7月時点のものです。医療は変わることがあります。具体的な適応は担当の乳腺外科医・形成外科医にご確認ください。 1. 再建は「今すぐ決めなくていい」——時期は2つ まず、いちばん安心していただきたいのはここです。再建は、がんの手術と同時でなくても、あとからでもできます。 時期 内容 特徴 一次再建(同時再建) がんの手術と同じ日に再建を始める 手術の回数・傷が少なくてすむ 二次再建 がんの手術後、時間をおいてから行う 治療が一段落してから、じっくり考えて選べる 「がんの治療で頭がいっぱいなのに、胸の形まで今決められない」——それはごく自然な気持ちです。その場合は二次再建という道があります。治療が落ち着いてから、数か月後でも数年後でも始められます。 一方で、「一度きりの手術で終わらせたい」「目が覚めたときにふくらみがある方が気持ちが楽」という方には一次再建が向きます。 どちらにも良さがあり、どちらを選んでも間違いではありません。 2. 方法は大きく2つ——「人工物」と「自分の組織」 再建の方法は、大きく分けて2種類あります。 ① インプラント(人工物)による再建 シリコン製の人工乳房(インプラント)を胸に入れる方法です。多くの場合、2段階で進めます。 まず「ティッシュエキスパンダー」という風船のような拡張器を胸に入れる 外来で2〜4週ごとに少しずつ生理食塩水を注入し、皮膚をふくらませる 半年ほどかけて胸の皮膚が十分に伸びたら、あらためてインプラントに入れ替える 自分の体の別の場所を切る必要がないので、傷が胸だけですみ、手術の負担が比較的軽いのが利点です。一方で、あくまで人工物なので、年月が経つと入れ替え・調整が必要になることがある、左右差や被膜拘縮(カプセルが硬くなる)などが起こりうる、といった点は知っておく必要があります。 参考情報源:日本形成外科学会「患者さんと家族のための乳房再建ガイドブック」——合併症(PQ17)、術後の違和感・症状(PQ26)、将来の交換(PQ28)などを解説(https://jsprs.or.jp/general/breastrecon/contents.html) ② 自家組織(自分の体の組織)による再建 自分のおなかや背中の組織(皮膚・脂肪・筋肉)を胸に移して、ふくらみをつくる方法です。 よく使う組織 呼び方の例 特徴 おなかの組織 腹直筋皮弁・穿通枝皮弁(DIEP など) やわらかく自然な感触。おなかに傷が残る 背中の組織 広背筋皮弁 組織量が中くらい。背中に傷が残る 自分の組織なので感触が自然で、加齢とともに反対側の乳房と同じように変化していくのが大きな利点です。一方で、組織を採る場所(おなか・背中)にも傷ができる、手術時間が長く体の負担が大きい、といった点があります。 どちらが向いているか 体型、乳房の大きさ、これまで・これからの治療(特に放射線)、そして「傷をどこに許容できるか」によって、向き・不向きが変わります。**「やせ型でおなかの脂肪が少ない方はインプラント向き」「自然な感触を最優先したい方は自家組織向き」**というのが大まかな傾向ですが、最終的には形成外科医と相談して決めます。 3. 気になる費用——多くが保険で受けられます 「再建って、自費で何百万円もかかるのでは?」とよく聞かれますが、そんなことはありません。 自家組織による再建:2006年から保険適用 インプラント(人工乳房)による再建:2013年7月から保険適用(丸型)、2014年1月から解剖学的な形(しずく型)も適用 いずれも公的医療保険が使えるため、窓口での支払いには高額療養費制度が働きます。総医療費としては数十万〜百数十万円規模になりますが、実際の自己負担は所得に応じた上限額までにとどまります。「お金の問題であきらめる」前に、まず担当医と費用の見込みを確認してください。 さらに近年は適応が広がっており、2020年からは遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)に対する予防的な乳房切除とその再建も保険で受けられるようになりました(HBOCと予防的手術の記事)。 参考情報源:認定NPO法人 J.POSH「乳癌術後の乳房再建の現状について」(https://www.j-posh.com/activity/prnj/1465/) 4. インプラントの安全性——「BIA-ALCL」の話を正直に インプラント再建を考えるとき、耳にすることがあるのが BIA-ALCL(ブレストインプラント関連未分化大細胞型リンパ腫) という言葉です。不安をあおるためではなく、正しく知っていただくために、事実を整理します。 これは、乳房インプラントに関連してごくまれに起こるリンパ腫(血液のがんの一種)です 表面がざらざらした(テクスチャード)タイプのインプラントで報告があり、2019年7月に該当するアラガン社製品が国内で自主回収・販売停止となりました 現在は表面がつるつるした(スムーズ)タイプが使われており、こちらはBIA-ALCLとの関連を疑う証拠は見つかっていません。2020年には別メーカーの製品も保険診療で使えるようになっています 学会(日本乳癌学会・日本形成外科学会など)が継続的に監視・情報提供を行っています つまり、現在使われているインプラントで再建することは、こうした経緯をふまえた上で行われています。過度に怖がる必要はありませんが、「胸のはれ・しこり・水がたまる感じが続く」といった変化があれば、早めに担当医に相談する——それを知っておくだけで十分です。 参考情報源:日本乳癌学会「BIA-ALCL(ブレストインプラント関連未分化大細胞型リンパ腫)の発生について」(http://jbcs.gr.jp/member/bia-alcl_forpatient/) 5. 放射線治療を受ける(受けた)場合の注意 再建の方法とタイミングを考えるうえで、放射線治療は大切な要素です。 ...