「乳がんは女性の病気」——多くの人がそう思っています。だからこそ、男性の乳がんは発見が遅れやすいという、見過ごせない問題があります。
数は多くありません。でも、男性にも乳腺(乳房の組織)はわずかにあり、そこにがんができることがあります。「まさか自分が」という思い込みが、受診を遅らせてしまう——この記事では、乳がん診療に20年携わってきた立場から、**男性乳がんの頻度・症状・リスク・治療、そしていちばん大切な「早く気づくために」**を整理します。ご本人はもちろん、ご家族にも知っておいてほしい内容です。
男性も乳がんになる——どのくらい稀なのか
男性の乳がんは、乳がん全体のおよそ1%です。日本の最新の全国がん登録(2023年)では、その年に乳がんと診断された103,424人のうち、男性は832人、女性は102,592人でした。男性は全体の約0.8%、女性のおよそ123分の1という計算になります。たしかに稀な病気です(参考までに、米国のデータでは男性が生涯で乳がんになるのは約1,000人に1人とされます)。
ただ、「稀=存在しない」ではありません。数が少ないぶん、本人も、時に医療者ですら最初に乳がんを疑わないことがあり、それが発見の遅れにつながります。実際、男性乳がんは診断された時点ですでに進行している場合が少なくないことが知られています。稀な病気ほど、「知っているかどうか」が結果を左右します。
- 発症が多いのは60〜70代。女性より高めの年代に多い傾向があります
参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がんについて」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/about.html)/同「乳房 がん統計」(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/14_breast.html、2023年全国がん登録)/国立がん研究センター 希少がんセンター「男性乳がん」(https://www.ncc.go.jp/jp/rcc/about/Male_breast_cancer/index.html)
どんな症状が出るのか
男性は乳腺の量が少なく、乳頭(乳首)のすぐ後ろに組織が集まっています。そのため、次のような変化が現れやすいのが特徴です。
- 乳頭の後ろ(乳輪の下)にできる、痛みを伴わないしこり——いちばん多いサイン
- 乳頭からの出血・分泌
- 乳頭のへこみ・ただれ、皮膚のひきつれや潰瘍
- わきの下のしこり(リンパ節への広がり)
女性に比べて乳房が小さいぶん、しこりが皮膚や乳頭に近く、早い段階で皮膚の変化として現れることもあります。「歳のせい」「ただのできもの」と思わず、乳首の周りのしこりや変化に気づいたら、早めに乳腺の専門外来を受診してください。恥ずかしさで受診をためらう必要はまったくありません。
リスクになりやすいこと
男性乳がんには、いくつか知られたリスク要因があります。当てはまるからといって必ず発症するわけではありませんが、知っておくと早期の気づきにつながります。
- 血縁者に乳がんの人がいる——近親者に1人以上いる場合、危険性は約2倍とされます(ただし、もともと男性乳がんは約1,000人に1人と稀なので、2倍でも実際の人数は多くありません)
- 遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)——特にBRCA2という遺伝子の変化と関連が深いことが分かっています
- 胸や乳房に放射線治療を受けたことがある
- 体内の女性ホルモンが増える状態——クラインフェルター症候群、肝硬変、肥満、精巣の異常など
とくに大切なのが、次のBRCA遺伝子との関わりです。
男性乳がんと「遺伝子検査」——自分と家族のために
男性が乳がんになったこと自体が、遺伝性乳がん(HBOC)を調べる大切な手がかりになります。男性乳がんはBRCA2遺伝子の変化と関連が深いため、遺伝学的検査やカウンセリングがすすめられることがあります。
これには、はっきりした意味があります。
- 自分の他のがんへの備え——BRCAの変化があると、男性でも前立腺がんや膵臓がんなどのリスクにかかわることがあり、その後の健康管理の参考になります
- 血縁者の健康にかかわる——お子さんやきょうだいに同じ変化が受け継がれている可能性があり、女性の家族なら乳がん・卵巣がんの検診・予防の相談につながります
男性乳がんの方は、条件を満たせばこの検査が保険で受けられます。くわしくは別記事をご覧ください。
診断と治療——基本は女性の乳がんと同じ
検査も治療も、基本的な考え方は女性の乳がんと同じです。
- 診断:超音波(エコー)・マンモグラフィで調べ、しこりの組織を採って(生検)確定します。必要に応じてCTなどで広がりを確認します
- 治療:がんの進み具合(病期)に応じて、**手術・放射線治療・薬物療法(抗がん剤・ホルモン療法など)**を組み合わせます。手術が可能な段階なら、まず手術が優先されます
男性の乳房は組織が少ないため、手術は**乳房を全部切除する方法(乳房切除)**になることが多くなります。
ひとつ知っておいてほしいのは、ホルモン療法は男性と女性で事情が少し異なるという点です。男性と女性では体の中でホルモンがつくられるしくみが違うため、男性乳がんでは使える薬の選択肢が女性とは異なる場合があります。担当医が、男性の体に合った治療を選びます。
そして大事なことを、もう一度。男性乳がんの予後(見通し)は、女性の乳がんと比べて大きな差はありません。稀であること・進行して見つかりやすいことが問題なのであって、「男性だから治りにくい」わけではありません。早く見つけることが、何よりの鍵です。
まとめ
- 男性の乳がんは乳がん全体の約1%(0.8%;日本の2023年データで男性832人/女性102,592人)。稀だが確かに存在する
- 本人も医療者も疑いにくく、進行して見つかりやすい。だからこそ知っておくことが大切
- 主な症状は乳頭の後ろの痛みのないしこり、乳頭の出血・へこみ・ただれ、わきのしこり
- リスクは家族歴・BRCA2遺伝子の変化・胸への放射線・女性ホルモンが増える状態など
- 男性が乳がんになったこと自体がHBOCを調べる手がかり。検査は条件を満たせば保険適用。自分と家族のために
- 診断・治療の基本は女性と同じ。予後にも大きな差はない。ホルモン療法だけ選択肢が異なる場合がある
「男性なのに乳がん?」とためらっているうちに、時間が過ぎてしまうのがいちばん怖いことです。乳首の周りのしこりや変化に気づいたら、恥ずかしがらず、早めに乳腺の外来へ。ご家族でこの記事を読んで、「男の人にもありうる」と頭の片隅に置いていただけたら、それだけで早期発見につながります。
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。