「親が乳がんでした。私もなりやすいのでしょうか?」「BRCA遺伝子の検査ってどんなもの?」——遺伝に関するご質問は近年特に多くなっています。
乳がんの5〜10%は遺伝性と言われ、その代表が BRCA1・BRCA2遺伝子変異 による「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」です。
この記事では、日本乳癌学会の患者向けガイドラインに沿って、遺伝性乳がんとBRCA検査について解説します。
参考情報源:日本乳癌学会「患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版 Q65 乳がんと遺伝について」
1. 乳がんは遺伝するのか?
一般的な傾向
すべての乳がんが遺伝するわけではありませんが、約5〜10%が遺伝性と推定されています。
| 区分 | 割合 |
|---|---|
| 散発性(遺伝性ではない) | 約90〜95% |
| 遺伝性(BRCAなど) | 約5〜10% |
遺伝性が疑われる特徴
以下の状況では、遺伝性乳がんの可能性が高くなります。
- 血縁者に乳がん・卵巣がんの方が複数いる
- 自分または血縁者が40歳未満で乳がん発症
- 自分または血縁者が両側性の乳がん
- 自分または血縁者が男性乳がん
- 自分がトリプルネガティブ乳がんである
- 既知のBRCA変異が家系内に判明している
これらに当てはまる方は、遺伝カウンセリングを受けることをお勧めします。
2. BRCA1・BRCA2遺伝子とは
BRCA1・BRCA2 は、本来「がんを抑える遺伝子」です。DNAの修復に関わり、がん化を防ぐ働きをしています。
この遺伝子に病的バリアント(変異) があると、修復機能が弱まり、生涯のうちに乳がん・卵巣がんなどを発症するリスクが高くなります。
BRCA変異がある場合のがん発症リスク
| がんの種類 | 一般的なリスク | BRCA変異キャリアのリスク |
|---|---|---|
| 乳がん | 約9% | 約60〜70% |
| 卵巣がん | 約1.5% | 約20〜40%(BRCA1)/10〜20%(BRCA2) |
| 男性乳がん | 0.1%未満 | 約1〜10% |
| 膵がん | 約2% | 約5〜10% |
| 前立腺がん | 約9% | 約25%以上 |
リスクは数倍〜数十倍高まりますが、「必ず発症する」というわけではありません。
3. 遺伝学的検査について
どのような検査か
血液採取で遺伝子を調べる検査です。1回の採血で BRCA1・BRCA2 の病的バリアントの有無がわかります。
検査の対象と保険適用
保険適用となる主なケース:
- すでに乳がん・卵巣がんと診断された方で、特定の条件に該当する場合
- 45歳以下の発症
- 60歳以下のトリプルネガティブ乳がん
- 両側性乳がん(年齢問わず)
- 男性乳がん(年齢問わず)
- 卵巣がん(年齢問わず)
- 血縁者にBRCA変異キャリアがいる
- 乳がん・卵巣がん・膵がん・前立腺がんの家族歴がある
自費検査の場合:
- 上記に該当しない方(家族歴のみで本人発症なし、など)は自費(20〜40万円程度)
4. 検査結果の意味
病的バリアント陽性の場合
BRCA1またはBRCA2に病的バリアントが見つかった場合:
選択肢①:定期的な検診
- 25歳以降から 年1回のマンモ+乳房MRI
- 卵巣がんに対する経腟超音波・CA125 など
選択肢②:リスク低減手術
- リスク低減乳房切除術(RRM):未発症の乳房を予防的に切除
- リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO):35〜40歳以降の卵巣・卵管の予防的摘出
選択肢③:薬物療法
- 一部のホルモン薬による予防(個別判断)
これらは強制ではなく、患者さん本人が選択するものです。
病的バリアント陰性の場合
- BRCA1・BRCA2の病的バリアントは見つからなかった
- ただし、他の遺伝性乳がん遺伝子(PALB2など)の可能性は完全には否定できません
- 一般集団と同じ検診ペースでOK
「意義不明バリアント(VUS)」の場合
- 病的かどうかが判定できない変異
- 現時点では 病的バリアントとして扱わない
- 将来の研究で判定が変わる可能性あり
5. 遺伝カウンセリングの大切さ
遺伝学的検査を受ける前後には、遺伝カウンセリングを受けることが強く勧められます。
カウンセリングで話すこと
- 自分・家族のがん歴の整理
- 検査の意義と限界
- 結果が陽性だった場合の対応の選択肢
- 血縁者への影響と告知
- 心理的サポート
どこで受けられるか
- がん診療連携拠点病院
- 大学病院の遺伝診療部
- 一部のがん専門病院
担当医に「遺伝カウンセリングを受けたい」と相談すれば、紹介してもらえます。
6. 家族への影響
BRCA変異が見つかると、血縁者にも50%の確率で同じ変異が遺伝しています。
血縁者への伝え方
- 「自分が変異を持っている」ことだけでなく、「あなたも検査できる」という選択肢を伝える
- 全員が必ず検査を受ける必要はなく、本人の選択が最優先
- 子供への遺伝も話し合うが、検査は成人以降が原則
家族会議のような場で、専門家(遺伝カウンセラーなど)を交えて話し合うこともできます。
7. 「遺伝かもしれない」と感じたら
家族歴があるからといって、必ずしも検査を受ける必要はありません。でも、以下の状況なら一度相談してみてください。
- 血縁者に若年(40歳未満)乳がんの方がいる
- 血縁者に卵巣がんの方がいる
- 自分が若年で乳がんと診断された
- 検査結果が今後の人生計画(妊娠・健康管理)に影響しそう
不安があれば、まず乳腺専門医またはがん相談支援センターに相談してください。
漠然とした不安の中で考え続けるより、その時点で適切な情報を理解したうえで考えてほしい——これが私から伝えたい一番のメッセージです。
「もしかしたら遺伝かも」と漠然と心配し続けるのは、心にとっても日常生活にとっても良いことではありません。専門家から正確な情報を得て、選択肢を理解した上で「検査を受ける/受けない」「受けたとしてどうするか」を考える方が、はるかに前向きで建設的です。
知ることは、必ずしも怖いことではありません。知ったうえで自分で選ぶ——これが最も大切です。
まとめ
- 乳がんの約5〜10%は遺伝性
- 代表的なのが BRCA1・BRCA2遺伝子変異による HBOC
- 変異キャリアの乳がん発症リスクは約60〜70%
- 検査は血液1回の採取で可能、保険適用条件あり
- 結果が陽性の場合、サーベイランス・リスク低減手術・薬物療法などの選択肢
- 遺伝カウンセリングを通じて、自分と家族のために情報を整理できる
「もし遺伝だったら……」という不安は、知ることで管理できる不安に変わります。気になる方は、まず担当医に相談してみてください。
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。