「手術は乳房を残せますか?」「全部取った方が安心ですか?」——診察室でとても多く受ける質問です。
乳がんと診断されたとき、手術の方法をどう選ぶかは、多くの患者さんにとって大きな悩みです。この記事では、乳腺外科医として20年診療してきた立場から、温存手術と全摘手術の違いと選び方を解説します。
1. 2つの手術の基本
乳房温存手術(部分切除)
がんの部分とその周囲の乳腺を切除し、乳房の形を残す手術です。手術後には多くの場合、放射線治療を行います。
乳房全摘手術(乳腺全切除)
乳房の乳腺組織をすべて切除する手術です。放射線治療が不要になることが多い一方、乳房の形は失われます(再建手術を行う選択肢があります)。
2. 再発率は同じ——これが大前提
まず知っておいていただきたい重要な事実があります。
「温存手術+放射線治療」と「全摘手術」では、生存率・再発率に差はありません。
これは1980年代から複数の大規模臨床試験で示されており、現在の乳がん治療の標準的な考え方です。「全部取れば安心」という感覚は理解できますが、医学的には根拠がありません。
参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html)
3. どちらを選ぶかの基準
温存手術が可能かどうかは、主に次の条件によって判断されます。
温存手術が適している場合
- 腫瘍が比較的小さい(目安として3cm以下)
- 乳房の大きさに対して腫瘍が小さく、切除後も形を保てる
- 腫瘍が1か所にまとまっている
- 放射線治療を受けられる状況にある(平日毎日通院することができるなど)
全摘手術が検討される場合
- 腫瘍が大きい、または乳房に対して切除範囲が広い
- 腫瘍が複数か所にある(多発)
- 非浸潤がんが乳房全体に広がっている
- 放射線治療が受けられない事情がある(妊娠中など)
- 患者さん自身が「再発への不安から、全摘を希望する」
最後の項目は重要です。生存率に差がない以上、どちらを選ぶかに"正解"はありません。「残したい」「すべて取り除きたい」どちらの思いも、正当な選択の理由になります。
4. 温存手術後の放射線治療について
温存手術を行った場合、術後に残った乳房全体への放射線治療が標準的です。
放射線治療の回数・期間は、長年にわたって短縮される方向に進化してきました。
| 時代 | 照射回数 | 期間 | 根拠となる主な試験 |
|---|---|---|---|
| 従来法 | 25回 | 約5週間 | 長年の標準治療 |
| 寡分割照射 | 15〜16回 | 約3週間 | START-B試験(Lancet 2008)、カナダ試験 |
| 超寡分割照射 | 5回 | 約1週間 | FAST-Forward試験(Lancet 2020) |
**寡分割照射(15〜16回)**は、英国のSTART-B試験(2008年、Lancet誌)やカナダの試験で、従来の25回と局所制御率・生存率ともに同等と示されました。現在、日本でも標準的な選択肢になっています。
**超寡分割照射(5回・1週間)**は、英国のFAST-Forward試験(2020年、Lancet誌)で、5年間の局所再発率・副作用ともに15回と非劣性であることが示されました。日本ではまだ普及途上ですが、導入している施設が増えています。
通院の負担が大きく減ってきていることは、温存手術を選びやすくなった大きな変化の一つです。
どの方法が使えるかは施設によって異なります。「何回の照射になりますか?」と担当医に確認してみてください。
「放射線が怖い」という方もいますが、乳がんへの放射線治療は副作用(皮膚炎など)は多くの場合、一時的なものです。放射線治療ができない事情がある場合は、担当医に相談してください。
5. 乳房再建について
全摘手術を選んだ場合、乳房再建を行うことができます。
| 再建の時期 | 内容 |
|---|---|
| 一次再建(同時再建) | 全摘と同じ手術で再建する |
| 二次再建 | 全摘後、時間をおいてから再建する |
再建の方法には、人工物(インプラント)を使う方法と、自分の組織(腹部や背部の筋皮弁)を使う方法があります。どちらを選ぶかは体型・希望・治療の流れによって異なります。
再建を希望する場合は、乳腺外科医と形成外科医が連携して治療計画を立てます。
6. よくある質問
Q:温存を選んだら、後悔しませんか?
温存と全摘の生存率は同等です。術後の放射線治療をきちんと受けることが前提ですが、「残した方が後悔する」という根拠はありません。逆に全摘後に「残しておけばよかった」と感じる方もいます。どちらが正解かではなく、自分が納得できる選択をすることが大切です。
Q:反対側の乳房も取った方がいいですか?
日本では、がんがない側の乳房を予防的に切除することは標準的には行われていません。ただし、BRCA遺伝子変異がある場合など、リスクが高いと判断された場合には担当医と相談することになります。
Q:手術前に決めなければいけませんか?
術前化学療法(抗がん剤を先に行う治療)によって腫瘍を縮小させてから手術する場合もあります。「今すぐ決めなければ」と焦らず、担当医に時間をかけて相談してください。
まとめ
- 温存手術+放射線治療と全摘手術は、生存率・再発率に差がない
- どちらを選ぶかは、腫瘍の状態・乳房の状態・患者さんの希望によって決まる
- 「全摘の方が安心」は医学的には根拠がなく、どちらも正当な選択
- 全摘後は乳房再建の選択肢がある
- 迷ったときは、担当医に時間をかけて相談を
手術の方法について不安や疑問があれば、遠慮なく担当医に聞いてください。「こんなことを聞いてもいいのか」と思わなくて大丈夫です。納得して選ぶことが、その後の治療を支える力になります。
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。