「麻薬は最後の手段ですよね」「麻薬を使ったら終わりだと思っていました」——こうした言葉を、患者さんやご家族から何度も聞いてきました。

痛みを我慢し続けている方の中には、医療用麻薬への強い抵抗感を持っている方がいます。その気持ちはよく理解できます。でも、その誤解が「不必要な苦しみ」につながっていることがあります。

この記事では、痛みのコントロールと医療用麻薬(オピオイド)について、緩和ケア医として正確にお伝えします。


1. がんの痛みは「我慢するもの」ではない

まず、大前提をお伝えします。

がんの痛みは、適切な薬物療法で多くのケースでコントロールできます。

日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版」でも、段階的な薬の使い方によって多くの患者さんで痛みを許容できるレベルまで和らげられることが示されています。

参考情報源:日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版」(https://www.jspm.ne.jp/

痛みを我慢することは美徳ではありません。むしろ、痛みを放置すると——

  • 食欲・睡眠・体力が低下する
  • 精神的な負担が増える
  • 治療への意欲が落ちる
  • 家族や周囲との時間が苦しいものになる

——という悪循環が起きます。痛みをコントロールすることは、生きる質(QOL)を守ることです。

参考情報源:WHO「がん疼痛治療ガイドライン」、日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」(https://www.jspm.ne.jp/


2. 医療用麻薬(オピオイド)とは

オピオイドとは、モルヒネをはじめとする痛み止めの一種です。医療の場では「医療用麻薬」と呼ばれます。

日本で使用できるオピオイドには、強さによって「弱オピオイド」と「強オピオイド」があります。

種類 主な薬剤
弱オピオイド コデイン、トラマドール
強オピオイド モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォン、タペンタドール、メサドン

痛みの強さや患者さんの状態に応じて薬剤が選ばれます。剤形も内服薬・貼り薬・注射・座薬・舌下錠など様々で、飲み込みが難しい方や在宅での管理にも対応できるよう工夫されています。なお、メサドンは効果が高い一方で管理が複雑なため、専門的なトレーニングを受けた医師のみが処方できます。

「麻薬」という言葉から違法薬物を連想される方もいますが、医療用オピオイドは医師の処方のもとで適切に使用される、正規の治療薬です。


3. オピオイドとNSAIDsの違い——作用する場所が異なる

痛み止めにはいくつかの種類がありますが、よく比較されるのがNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)オピオイドです。この2つは「痛みを抑える薬」という点では同じですが、体のどこに作用するかがまったく異なります。

【痛みが伝わる経路と、薬の作用点】

  組織の損傷・炎症
       ↓
  末梢の痛み受容器が活性化される
  (プロスタグランジンなどが放出)
       ↓
  電気信号として脊髄へ伝わる
       ↓
  脳(視床・大脳皮質)で「痛い」と認識される

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  💊 NSAIDs ─── 末梢に作用
       COX酵素を阻害し、プロスタグランジンの
       産生を抑える。炎症による痛みに有効。

  💊 オピオイド ─── 脊髄・脳に作用
       μ(ミュー)オピオイド受容体に結合し、
       痛みの信号の伝達と脳での認識を抑える。
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

作用点が異なるため、NSAIDsで効果が不十分なときに、オピオイドを追加・切り替えることで痛みをコントロールできる場合があります。また、両者を組み合わせることで、それぞれの量を抑えながら効果を高める使い方もされています。

NSAIDsは市販の痛み止め(ロキソニンなど)に含まれており身近な存在ですが、がんの痛みが強くなるにつれて、オピオイドが必要になるのはこうした理由からです。


4. よくある誤解とその真実

「中毒になるのでは?」

→ 痛みがある状態で適切に使う場合、依存・中毒はほとんど起きません。

「依存」と「身体的依存」は別のものです。痛みに対してオピオイドを使うとき、脳の報酬系への影響は少なく、適切な量を適切な目的で使えば中毒になることは稀です。

痛みがなくなれば、医師の指導のもとで徐々に減量・中止することもできます。

「寿命が縮まるのでは?」

→ 適切に使用された場合、寿命を縮める根拠はありません。

むしろ、痛みをコントロールして活動性や食欲を保つことで、全身状態が維持されます。「痛みを我慢して体力を使い果たす」方が、体への負担は大きいと言えます。

緩和ケアを早期から始めることで生存期間が延びる可能性があることは、別の記事でも解説しています。→ 緩和ケアはいつから始めるべきか

「使い始めたら最後まで使い続けなければいけない?」

→ 状況が変われば減らしたり止めたりできます。

手術や放射線治療によって痛みの原因が取り除かれた場合、オピオイドを減量・中止することがあります。「使い始めたら戻れない」というものではありません。

「末期にしか使わないもの?」

→ 痛みがあれば、病期に関わらず使います。

「麻薬=末期」というイメージがありますが、これは誤りです。早期の乳がんでも術後の痛みが強ければ使いますし、治癒を目指す治療中であっても、痛みが強ければオピオイドは選択肢に入ります。


5. 痛みを我慢し続けるとどうなるか

「まだ大丈夫」「もう少し我慢できる」と言い続ける患者さんを多く見てきました。

痛みを長期間我慢し続けると、神経が過敏になり、同じ刺激でも以前より強く感じるようになることがあります。また、慢性的な痛みは精神的な疲弊を招き、うつや不眠の原因にもなります。

痛みを早めに適切に抑えることは、その後の治療管理をむしろ楽にします。


6. 痛みの伝え方

担当医や看護師に痛みを伝えるとき、次の点を教えてもらえると助かります。

項目
場所 右の脇腹、背中など
強さ NRS・フェイススケール(下図)で伝える
性質 じんじん・ズキズキ・締め付けるような
タイミング ずっと続く/動いたときだけ/夜だけ
日常生活への影響 眠れない・食欲がない・歩けない

【NRS:数値評価スケール】 数字で痛みの強さを表します。言葉で説明しにくいときに便利です。

  0    1    2    3    4    5    6    7    8    9    10
  |____|____|____|____|____|____|____|____|____|____|
痛みなし          中程度の痛み                最大の痛み

【フェイススケール】 表情で痛みの強さを伝えます。お子さんや言葉が出にくいときにも使えます。

  😊      🙂      😐      😟      😣      😭
  0       1       2       3       4       5
痛みなし                              最大の痛み

病院に着いたあと、受付や担当看護師に手渡せるような形で痛みや痛み止めの使用状況が分かるメモをいただけると助かります。「いつ・どこが・どのくらい痛かったか」「どの薬を飲んだか」を簡単にメモしておくだけで、担当医や看護師が状況を把握しやすくなります。

「痛みがある」と伝えること自体、とても大切です。「先生に心配をかけたくない」「我慢すべきだと思っている」という方もいますが、痛みは我慢するほど管理が難しくなります。遠慮なく伝えてください。


7. 家族へ——「麻薬を勧めないで」と言われたら

患者さん本人が「麻薬だけは嫌だ」とおっしゃる場合、ご家族が困ることがあります。

そのときは無理に説得しなくて大丈夫です。まず「痛みがどのくらいつらいか」を本人と一緒に担当医に伝え、選択肢を聞くところから始めてみてください。

本人が納得して使い始めるタイミングは、人によって違います。焦らず、選択肢として「使えばもっと楽になれるかもしれない」という情報を持ち続けてもらうことが大切です。


まとめ

  • がんの痛みは適切な治療で8〜9割コントロールできる
  • 医療用麻薬(オピオイド)は、正しく使えば中毒にならず、寿命も縮めない
  • 「末期にしか使わない」は誤解。痛みがあれば病期を問わず選択肢に入る
  • 痛みを我慢し続けることは、体と心の両方に悪影響を与える
  • 痛みは我慢せず、担当医や看護師に正直に伝えてほしい

「痛みがつらい」「もっと楽になりたい」——その一言を伝えることから、治療が変わることがあります。


筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。