「抗がん剤はやらないといけませんか?」「ホルモン療法って何ですか?」——乳がんの薬物療法についての質問は、診察室でとても多く受けます。

乳がんの治療は手術だけで終わるわけではありません。手術の後(または前)に行う「薬物療法」が、再発を防ぐうえで重要な役割を担っています。

この記事では、乳がんで使われる3種類の薬物療法——ホルモン療法・化学療法(抗がん剤)・分子標的薬——の違いと、どのような場合に使われるかを解説します。


1. 乳がんの薬物療法は「がんの性質」で決まる

乳がんの薬物療法を理解するには、まず「乳がんにはいくつかのタイプがある」ということを知っておく必要があります。

乳がんは、以下の検査結果によって大きく4つのタイプ(サブタイプ)に分けられます。

検査項目 意味
ホルモン受容体(ER・PgR) 女性ホルモンが増殖を促すタイプかどうか
HER2タンパク HER2という増殖因子が過剰発現しているかどうか
Ki67 がん細胞の増殖スピード

これらの組み合わせによって、どの薬物療法が有効かが変わります。

参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療 4.薬物療法」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html#drug_therapy_hormone
乳腺科医による患者向け情報:一般社団法人BC TUBE「乳がん大事典」(https://bctube.org/)/YouTube「乳がん大事典【BC Tube編集部】


2. ホルモン療法

対象:ホルモン受容体陽性(ER陽性)の乳がん

乳がん全体の約7割はホルモン受容体陽性です。このタイプは、女性ホルモン(エストロゲン)がエサになって増殖します。ホルモン療法はそのエストロゲンの働きを抑え、再発を防ぎます。

治療期間は5〜10年と長めですが、内服薬(飲み薬)が中心で、日常生活を送りながら続けられます。

主な薬剤

薬剤名 対象 特徴
タモキシフェン 閉経前・後ともに ER受容体をブロックする
アロマターゼ阻害薬(レトロゾール・アナストロゾール・エキセメスタンなど) 主に閉経後 エストロゲンの産生を抑える
LH-RHアゴニスト(ゴセレリン・リュープロレリンなど) 閉経前 卵巣機能を一時的に抑制する注射薬。アロマターゼ阻害薬と組み合わせることがある

よくある副作用

ホットフラッシュ(ほてり・のぼせ)・関節痛・骨密度低下・膣の乾燥感など。いずれも生命に関わるものではありませんが、日常生活の質に影響することがあります。担当医に遠慮なく相談してください。


3. 化学療法(抗がん剤)

対象:増殖が速いタイプ・ホルモン療法だけでは不十分と判断された場合

化学療法(いわゆる「抗がん剤」)は、がん細胞の増殖を直接抑える薬です。ホルモン受容体陰性のタイプや、Ki67が高く増殖スピードが速いタイプ、リンパ節転移が多い場合などに使われます。

乳がんの化学療法は、複数の薬を組み合わせた「レジメン」で行われます。

主なレジメン

レジメン名 構成薬 特徴
AC療法 ドキソルビシン+シクロホスファミド アンスラサイクリン系の標準レジメン
TC療法 ドセタキセル+シクロホスファミド 心臓への影響が少ない選択肢
AC→T療法 AC療法の後にタキサン系を追加 リスクが高い場合に用いられる

術前化学療法について

化学療法は手術の「後」だけでなく、「前」に行う場合もあります(術前化学療法)。腫瘍を縮小させて温存手術を可能にする、または薬の効き具合を事前に確認するという利点があります。

よくある副作用

脱毛・吐き気・倦怠感・白血球減少(感染しやすくなる)・末梢神経障害(手足のしびれ)など。副作用の種類や強さは薬剤・個人差により異なります。


4. 分子標的薬

対象:HER2陽性乳がん、またはホルモン受容体陽性の転移・再発乳がん

分子標的薬は、がん細胞が持つ特定の「標的」をピンポイントで攻撃する薬です。正常な細胞への影響が少ないのが特徴です。

抗HER2療法(HER2陽性乳がん向け)

HER2陽性乳がんは以前は予後が悪いタイプでしたが、抗HER2薬の登場で治療成績が劇的に改善しました。

薬剤名 特徴
トラスツズマブ(ハーセプチン) 抗HER2療法の基本薬。点滴または皮下注射
ペルツズマブ(パージェタ) トラスツズマブと組み合わせて使う
T-DM1(カドサイラ) トラスツズマブに抗がん剤を結合させた薬
T-DXd(エンハーツ) 近年登場した新世代の抗体薬物複合体。効果が高く注目されている

CDK4/6阻害薬(ホルモン受容体陽性・転移再発乳がん向け)

ホルモン受容体陽性の転移・再発乳がんに対して、ホルモン療法と組み合わせて使われます。

薬剤名 商品名
パルボシクリブ イブランス
リボシクリブ キスカリ
アベマシクリブ ベージニオ

5. サブタイプ別・薬物療法の方向性

まとめると、乳がんのタイプ別に薬物療法の大きな方向性は以下のようになります。

サブタイプ ホルモン療法 化学療法 分子標的薬
ルミナルA(HR+, HER2−, Ki67低) ◎中心 基本不要
ルミナルB(HR+, HER2−, Ki67高) △検討
HER2陽性(HR±, HER2+) HR+なら○ ◎抗HER2薬
トリプルネガティブ(HR−, HER2−) ◎中心 PD-L1等検討

※これはあくまでも概略です。実際の治療方針は腫瘍の大きさ・リンパ節転移・患者さんの状態などを総合して決まります。


6. 「なぜこの薬を使うのか」を聞いてほしい

薬物療法を始める前に、**「なぜこの薬が必要なのか」「どのくらいの期間使うのか」「副作用はどう対処するのか」**を担当医に確認することをお勧めします。

治療の内容を理解して納得して受けることは、長い治療期間を乗り越えるための力になります。「聞きにくい」と感じる方もいますが、質問することは患者さんの権利です。

わからないことは遠慮なく聞いてください。


まとめ

  • 乳がんの薬物療法はホルモン療法・化学療法・分子標的薬の3種類
  • どれを使うかは、**がんのサブタイプ(ホルモン受容体・HER2・Ki67)**によって決まる
  • ホルモン受容体陽性ならホルモン療法が中心(5〜10年の内服)
  • 増殖が速いタイプや陰性タイプには化学療法
  • HER2陽性なら抗HER2薬が治療成績を大きく改善させた
  • 「なぜこの薬か」を担当医に聞くことが大切

筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。