「最期はどこで過ごしたいですか?」——この問いに、多くの患者さんが「できれば自宅で」と答えます。
しかし実際には、日本で自宅で亡くなる方は全体の約17%にとどまっています(2023年、厚生労働省)。大多数の方が病院や施設で最期を迎えています。
「在宅で看取りたい」という思いと、「実際には難しい」という現実の間にある壁は何か。この記事では、在宅と病院・施設での看取りの違いを正直にお伝えします。
参考情報源:厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000197665.html)
1. 在宅での看取りとは
「在宅看取り」とは、病院ではなく自宅(または住み慣れた施設)で、医師・看護師・介護スタッフのサポートを受けながら最期を迎えることです。
在宅看取りを支える主な医療・介護サービス:
| サービス | 内容 |
|---|---|
| 訪問診療 | 医師が定期的に自宅を訪問。在宅での看取りには欠かせない |
| 訪問看護 | 看護師が訪問し、症状管理・ケアを行う |
| 訪問介護 | 介護士による日常生活のサポート |
| 在宅緩和ケア | 痛み・呼吸苦・不安などの症状を自宅でコントロール |
これらのサービスが整っていれば、病院と同等の緩和ケアを自宅で受けることが可能です。
2. 在宅を選ぶメリット
慣れた環境で過ごせる
自分のベッド、見慣れた天井、家族の声——病院では得られない「普通の生活」が続けられます。多くの患者さんが「病院よりも家の方が楽だ」とおっしゃいます。
家族と自由に過ごせる
面会時間の制限がなく、家族がいつでもそばにいられます。ペットと一緒に過ごすこと、好きな食べ物を食べること、子どもや孫を迎えること——こうした「当たり前」が自宅では可能です。
本人が主役でいられる
病院では「患者」として管理される側になりがちです。自宅では、自分のペースで過ごし、自分で選択できる場面が多くなります。その人らしさが保たれやすい環境です。
3. 在宅の課題と現実
在宅看取りには、正直にお伝えすべき課題もあります。
家族の負担
在宅看取りの最大の課題は、介護する家族への負担です。
- 夜間の対応(呼吸の変化、痛みの訴えなど)
- 身体ケア(体位変換、おむつ交換など)
- 精神的な緊張(「何かあったらどうしよう」という不安)
訪問サービスを組み合わせても、家族が担う役割は決して小さくありません。
急変時の対応
容体が急変したとき、すぐに医療者が駆けつけられない場合があります。訪問診療医との連携と、緊急時の連絡先・対応手順を事前に確認しておくことが必要です。
症状コントロールの限界
痛みや呼吸苦が強くなり、自宅での管理が難しくなる場面があります。そのときは一時的な入院(レスパイト入院)を利用することもできます。
4. 病院・施設での看取りのメリット
在宅が難しい場合、病院や緩和ケア病棟・老人ホームでの看取りも大切な選択肢です。
| 場所 | 特徴 |
|---|---|
| 緩和ケア病棟(ホスピス) | 症状緩和に特化した専門病棟。家族が泊まれる施設も多い |
| 一般病棟 | 急変時の対応がすぐにできる。慣れた主治医が近くにいる |
| 介護施設 | 生活の継続性が保たれる。慣れたスタッフとの関係がある |
緩和ケア病棟では、在宅に近い雰囲気の中で専門的な症状緩和を受けられます。「病院」のイメージとは異なり、個室・面会自由・外泊可能といった施設も増えています。
5. 在宅を続けるために必要なこと
在宅看取りを希望する場合、以下の条件が揃っていると現実的に進めやすくなります。
医療・ケアの体制
- 在宅看取りに対応している訪問診療医がいること
- 訪問看護が利用できること
- 緊急時の連絡・対応手順が決まっていること
家族・環境の条件
- 介護できる家族または支援者がいること(一人暮らしでも不可能ではないが、サポート体制が重要)
- 本人・家族が在宅看取りを理解し、同意していること
- 自宅の療養環境が整えられること(ベッド、トイレの位置など)
どれか一つが欠けていても、サービスの組み合わせで解決できることがあります。まず担当医や訪問看護師、医療ソーシャルワーカーに相談してみてください。
6. 「どちらが正解か」はない
在宅か病院か——どちらが「正しい」選択かという問いに、答えはありません。
大切なのは、本人が何を望んでいるか、そして家族がどこまで支えられるかです。
「本人は家に帰りたいと言っているが、家族が不安で決断できない」という場面はよくあります。そのときは、訪問診療医や看護師と一緒に、具体的にどんなサポートが受けられるかを確認してから判断することをお勧めします。
また、「在宅を始めてみて、やっぱり難しかった」という場合に病院に戻ることも、もちろんできます。一度決めたら変えられないわけではありません。
7. 最期の数日間について
在宅看取りが近づくと、体にさまざまな変化が現れます。
- 眠っている時間が長くなる
- 食事・水分がとれなくなる
- 呼吸のリズムが変わる(下顎呼吸など)
これらは自然な経過であり、苦しんでいるわけではない場合がほとんどです。訪問診療医や訪問看護師から、事前に「こういう変化が出てきたら連絡を」という説明を受けておくと、家族も落ち着いて対応できます。
亡くなった後の連絡先(訪問診療医・かかりつけ医)も、事前に確認しておいてください。在宅での死亡は「異常死」ではなく、医師の死亡診断書で手続きが進みます。
まとめ
- 「在宅で最期を」という希望は、適切な体制があれば実現できる
- 在宅のメリットは「その人らしく過ごせること」
- 課題は家族の負担と急変時の対応——サービスで補うことが重要
- 病院・緩和ケア病棟も大切な選択肢。どちらが正解かではない
- まず訪問診療医・看護師・ソーシャルワーカーに相談することから始めてほしい
「家に帰りたい」という言葉を、できるだけ叶えられるよう、医療者も一緒に考えます。
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。