「がんになったとき、お金が心配で…」という声をよく聞きます。その不安は自然なものです。しかし、その不安を解消しようと民間のがん保険に入ることが、本当に正解なのかどうかは別の話です。

筆者は医師として毎日がん患者さんと向き合っています。実際にどれくらいの費用がかかるのかを見てきたうえで、またお金の勉強を重ねてきたうえで、「民間がん保険は(多くの人には)不要」という結論に至っています。

その理由を、数字とともにお伝えします。


1. まず知ってほしい「日本の公的保険」の充実度

日本の医療保険制度は、世界でも有数の充実度を誇ります。その中核が高額療養費制度です。

この制度は、1ヶ月に支払う医療費が一定の上限を超えた場合、超えた分が後から戻ってくる仕組みです。

たとえば、年収約370〜770万円の一般的な収入帯では、1ヶ月の自己負担上限はおおよそ8〜9万円で頭打ちになります(所得区分によって異なります)。

高額療養費の詳しい計算方法や2026年改定の内容は→ 高額療養費制度2026年改定をわかりやすく解説


2. がん治療、実際いくらかかるのか

「がん治療は何百万もかかる」というイメージを持っている方は多いと思います。しかし高額療養費制度を使うと、実際の自己負担はかなり抑えられます。

手術・入院の場合

乳がんの手術(入院1〜2週間)を例にとると、医療費の総額は数十万〜100万円を超えることもあります。しかし高額療養費制度の適用後、実際の自己負担は月8〜9万円程度に収まります。

抗がん剤・分子標的薬の場合

近年、1回の投与で数十万円する高額な薬が増えています。しかしこれも高額療養費制度の対象です。さらに、同じ世帯で複数人の医療費を合算できる「世帯合算」や、長期間治療が続く場合の「多数該当」(4ヶ月目以降は上限額がさらに下がる)という仕組みもあります。

【高額療養費制度のイメージ(一般的な収入帯の場合)】

  医療費の総額
  ───────────────────────
  100万円の治療を受けた場合

  窓口での3割負担 → 30万円
  高額療養費で払い戻し → 約21万円
  実際の自己負担  → 約9万円
  ───────────────────────
  ※概算。所得区分・加入保険により異なります

3. 3大疾病団信がある人はさらに強い

住宅ローンを借りている方の中に、「3大疾病団信」付きのローンを選んでいる方がいます。

これは、がん・急性心筋梗塞・脳卒中を発症した場合に、残りのローン残高が消えるという団体信用生命保険の特約です。

たとえばローン残高が1,000万円あったとして、がんと診断され所定の条件を満たした場合、その1,000万円の返済義務がなくなります。

つまり3大疾病団信付きのローンを持つ人は、すでに「がん保険」をローンの中に内蔵しているとも言えます。このケースでは、別途民間のがん保険に入る必要性はさらに低くなります。


4. 「月1,000円なら安い」という落とし穴

「でも、月1,000円くらいならいいかな」と思う方も多いはずです。その感覚、少し立ち止まって考えてみてください。

期間 支払総額 同額を年利5%で投資した場合
10年 12万円 約15万円
20年 24万円 約41万円
30年 36万円 約83万円

月1,000円を30年間保険料として払い続けると、単純合計で36万円。同じお金を投資に回していれば、複利の力で83万円前後に育ちます(年利5%の概算)。

「少額だから」と思考停止せず、数字で見ることが大切です。


5. 保険の目的を整理する

保険の本来の目的は何でしょうか。

保険は「人生が破綻するリスク」を防ぐためのものです。

自動車の対人・対物賠償は、億単位の賠償になり得るため必須です。死亡保障も、遺族の生活が立ち行かなくなるリスクがあれば必要です。

では、がんになった場合はどうでしょうか。

  • 高額療養費制度で月の自己負担は上限8〜9万円
  • 入院中も傷病手当金(会社員・公務員)や有給休暇でカバーできる
  • 3大疾病団信があればローンも消える
  • ある程度の生活防衛資金があれば、「人生が破綻する」レベルにはならない

これらを踏まえると、多くの方にとってがんは「民間保険が必要な破綻リスク」には該当しないと考えています。


6. 医師として見てきた現実

毎日がん患者さんと接する中で感じることがあります。

がん保険に入っていた患者さんが「保険があって良かった」とおっしゃることがあります。その安心感は否定しません。しかし同時に、「保険料をずっと払っていたのに、思ったより使えなかった」という声も聞きます。

また、保険を使うタイミング(給付条件)が複雑で、実際に請求できるのかどうかわからないという方も少なくありません。

保険は「安心のために買うもの」という側面がありますが、「安心」には費用がかかります。その費用を払うかどうかは、数字を見たうえで決めるべきことだと思います。


7. がん保険が必要になるケースもある

フェアに書くために、民間がん保険が有効なケースも挙げます。

① 国民健康保険加入者(自営業・フリーランス)

会社員・公務員と違い、傷病手当金がありません。仕事を休んだ期間の収入が完全に途絶えるリスクがあるため、就業不能保険やがん保険で収入を補う意味が生まれます。

② 生活防衛資金がほぼない

現金・貯蓄がほとんどない状態では、月8〜9万円の自己負担でも家計が苦しくなる可能性があります。保険よりまず貯蓄を増やすことが先決ですが、緊急対応として保険で備えるという選択もあります。

③ 先進医療・自由診療を受けたい

陽子線治療などの先進医療は、高額療養費制度の対象外になることがあります(※保険適用の範囲は年々拡大中)。これらを希望する場合は、先進医療特約付きの保険が選択肢になります。


8. 自分に問いかけてほしい一つの質問

がん保険の必要性を考えるとき、こう問いかけてみてください。

「公的保険と貯蓄では、具体的にどんなときにいくら足りないと思いますか?」

この問いに具体的な数字で答えられなければ、それは「なんとなく怖いから入っている」状態かもしれません。不安は感情であり、感情でお金の判断をすると、長い目で見て損をすることがあります。

逆に、この問いに具体的に答えられる状況——たとえば「傷病手当金がなく、月20万円の収入が3ヶ月止まると家計が回らない」など——であれば、保険を検討する合理的な根拠があります。


まとめ

  • 日本の高額療養費制度により、がん治療の実際の自己負担は月8〜9万円程度で上限がかかる
  • 3大疾病団信付きのローンがあれば、がん診断時に残債が消える
  • 「月1,000円なら安い」は錯覚。30年で36万円、投資すれば83万円になる
  • 保険の目的は**「人生が破綻するリスク」を防ぐこと**。多くのケースでがんはそこまで至らない
  • 自営業者・貯蓄が少ない方・先進医療を希望する方は検討の余地あり
  • 「具体的にいくら足りないか」を数字で考えてから判断する

最終的には、数字を見たうえで自分が納得して決めることが大切です。「感情ではなく、数字で判断する」——それがお金の失敗を防ぐ一番の近道だと思います。


※本記事は筆者個人の見解であり、特定の保険・金融商品の加入や解約をすすめるものではありません。保険の要否は、ご自身の家計・資産・価値観に応じてご判断ください。

参考情報源
厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html


筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。お金の勉強はリベラルアーツ大学(リベ大)を参考にしています。