「もし、治らない病気で苦しむなら、安楽死を選びたい」

こう感じたことのある方は、少なくないと思います。テレビや海外のニュースで安楽死が取り上げられるたびに、議論が起こります。

この記事は、安楽死の是非を論じるものではありません。お伝えしたいのは、その手前にある、もっと大切なこと——**「安楽死を考える前に、緩和ケアで何ができるのかを知ってほしい」**ということです。

⚠️ 重いテーマを扱います。今まさにつらい状況にある方は、無理に読み進めないでください。そして、苦しいときは一人で抱えず、主治医や緩和ケアチームに必ず相談してください。


「安楽死を望む声」の奥にあるもの

まず前提として、日本では安楽死は法律で認められていません。

そのうえで考えたいのは、「安楽死を選びたい」という気持ちの奥に何があるかです。多くの場合、それは——

  • これ以上、痛みや苦しみに耐えたくない
  • 家族に迷惑をかけたくない
  • 何もできなくなった自分を、人として大切に扱ってほしい

——という、切実な願いです。つまり、本当に望んでいるのは「死そのもの」ではなく、**「苦しまずに、その人らしく過ごすこと」**であることが多いのです。

そして、その願いの多くは、実は緩和ケアで応えられるものなのです。


「痛み」だけではない——トータルペインという考え方

緩和ケアが向き合うのは、体の痛みだけではありません。人の苦しみは、4つの側面が絡み合っている——これを「トータルペイン(全人的苦痛)」と呼びます。

苦痛の種類 内容
身体的な苦痛 痛み・息苦しさ・吐き気・だるさ
精神的な苦痛 不安・抑うつ・恐怖・孤独
社会的な苦痛 仕事・お金・家族関係の心配
スピリチュアルな苦痛 「なぜ自分が」「生きる意味とは」という問い

「安楽死を選びたい」というほどの苦しみは、たいていこの4つが重なっている状態です。体の痛みを取るだけでは足りない。だから緩和ケアは、医師・看護師だけでなく、薬剤師・ソーシャルワーカー・心理職などがチームで関わり、4つの苦痛すべてに向き合います。


ただし、現実には「課題」もある

ここは正直にお伝えします。「緩和ケアがあるから大丈夫」と、簡単には言えません。

国立がん研究センターの全国調査(約5万人の遺族が回答・2022年公表)によると、亡くなる前の1ヶ月間を**「からだの苦痛が少なく過ごせた」**と遺族が感じた割合は、全体で約4割にとどまります(人生の最終段階の療養生活の実態調査|国立がん研究センター)。一般病院ではさらに低い水準でした。

つまり、日本ではまだ、十分な緩和ケアが行き渡っているとは言えないのです。

「死の質(QOD:Quality of Death)」を世界で比較した調査でも、日本の順位は決して高くありません(2015年の英エコノミスト誌の調査で、80カ国中14位)(「死の質」1位は英国|AFP)。


だから、順番が大事

ここまでをまとめると、こうなります。

  • 「安楽死を望む声」の奥には、苦しまずに過ごしたいという願いがある
  • その願いの多くは、本来は緩和ケアで応えられる
  • けれど現実には、十分な緩和ケアがまだ届いていない

だとすれば、私たちが最初にすべきは、「安楽死を認めるかどうか」を議論することよりも、まず、緩和ケアを正しく知り、必要な人に確実に届けることではないでしょうか。

「これ以上苦しむくらいなら死を」と思いつめる前に、「その苦しみは、緩和ケアで和らげられるかもしれない」——この選択肢を知っているかどうかで、最期の景色は大きく変わります。

緩和ケアが十分に普及すれば、安楽死を望む声の多くは、満たされるはずなのです。


つらいとき、どうか相談を

もし今、あなたやご家族が「もう耐えられない」と感じているなら、それは我慢すべきものではありません

  • 主治医に「つらい」と正直に伝える
  • 緩和ケアチーム緩和ケア外来につないでもらう
  • がん相談支援センターに相談する

緩和ケアは、人生の最終段階だけのものではなく、診断のときから、つらさを和らげるために使える医療です(→ 緩和ケアは「あきらめ」じゃない)。

「穏やかな最期」は、あきらめなくていい。それを支えるのが、私たちの仕事です。


まとめ

  • 日本では安楽死は認められていない。だが「望む声」の奥には苦しまずに過ごしたいという願いがある
  • その苦しみは、体だけでなく心・社会・スピリチュアルが絡むトータルペイン
  • 願いの多くは緩和ケアで応えられる——ただし現実にはまだ十分に届いていない(「苦痛が少なく過ごせた」は全体で約4割)
  • だから、安楽死の議論の前に、まず緩和ケアを知り、届けることが先
  • つらいときは我慢せず、必ず相談を

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参考


筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。