「最新の治療を受けるには、隣の県の大きな病院まで通ってください」
がんの診療をしていると、患者さんにこう伝えなければならない場面が、少しずつ増えています。最新・最適な治療が、必ずしも近くの病院で受けられるとは限らない——これは、特に地方で暮らす人にとって、これから現実味を増していく話です。
この記事では、その背景にある**医療の「集約化」**という大きな流れと、地方で暮らす私たちに何ができるかを、整理します。
「均てん化」から「集約化」へ
これまで日本のがん医療は、**「均てん化(きんてんか)」**という考え方で進められてきました。
均てん化=どこに住んでいても、一定水準のがん医療を受けられるようにすること
そのために、全国にがん診療連携拠点病院(令和8年時点で約468施設)が整備され、地方でも標準的ながん治療が受けられる体制が作られてきました。これはとても大切な成果です。
ところが近年、がん医療が急速に高度化・複雑化しました。最新のゲノム検査、特殊な放射線治療、難しい手術、次々と登場する新薬——。これらをすべての病院で同じように提供するのは、現実的に難しくなってきたのです。
そこで国は、第4期がん対策推進基本計画で、均てん化に加えて**「集約化」**という方針を打ち出しました(2040年を見据えたがん医療提供体制の均てん化・集約化|厚生労働省)。
集約化=高度で専門的な治療は、設備と専門スタッフが揃った特定の病院に集めること
難しい治療を一部の病院に集中させることで、質と安全を保つ——そういう方向に、医療は動いています。
集約化の「光」と「影」
集約化には、はっきりとしたメリットがあります。
- 質が高く、安全:症例数の多い病院ほど、難しい治療の成績が良い傾向があります
- 専門チームが揃っている:高度な治療を支える体制が整っている
一方で、地方で暮らす人にとっては、影の部分もあります。
- 遠くまで通わなければならない:移動の時間・交通費・宿泊費がかさむ
- 付き添う家族の負担:仕事を休む、長距離を運転する、といった負担が家族にのしかかる
- 通院そのものが体力を奪う:弱っている体で長距離移動するのは、それ自体がつらい
「最良の治療」が遠くにあるとき、治療の質と、通う負担を、どう天秤にかけるか——地方の患者さんとご家族は、この難しい選択を迫られることになります。
もう一つの壁——「お金」
集約化と並んで、もう一つ大きな壁があります。最新のがん治療は、とても高額だということです。
新しい薬の中には、薬剤費だけで月に数十万〜100万円規模になるものも珍しくありません。日本には高額療養費制度があり、自己負担には上限が設けられていますが——それでも、治療が長期間に及ぶと、上限額の負担が毎月続き、経済的に苦しくなる患者さんが、現場では出始めています。
「いい治療があるのに、距離とお金の問題で受けにくい」。これは、医師としても心苦しい現実です。
さらに根っこには、「ドラッグロス」という問題もあります。海外では使える新薬が、日本では未承認・未開発のまま、という品目が2022年末で143品目にのぼると報告されています(東京財団政策研究所)。「最新の治療」が、そもそも日本で受けられないこともあるのです。
それでも、地方で暮らす私たちにできること
ここまで現実を正直に書きましたが、できることはあります。あきらめる必要はありません。
① がん相談支援センターを使う
拠点病院にはがん相談支援センターがあり、誰でも無料で相談できます。「どこで・どんな治療が受けられるか」「通院や費用の支援制度はあるか」を、専門の相談員が一緒に考えてくれます。
② 主治医に率直に聞く
「この治療は、近くで受けられますか?」「遠くの病院を紹介してもらえますか?」——遠慮なく聞いていいことです。多くの場合、主治医は適切な病院への橋渡しをしてくれます。
③ セカンドオピニオンを活用する
「今の治療方針でいいのか」「もっと良い選択肢はないか」を別の専門医に聞くのは、患者さんの正当な権利です(→ セカンドオピニオンの使い方)。
④ 移動・滞在の支援制度を調べる
遠方通院の患者・家族のための**滞在施設(ファミリーハウス等)**や、自治体の交通費助成がある場合もあります。相談支援センターで聞いてみてください。
⑤ 「より強い治療」が常に最善とは限らないことも知っておく
遠くの最新治療だけが正解とは限りません。近くで受けられる標準治療で、十分に良い結果が得られることも多いのです(→ 「より強い治療」がいつも正解とは限らない)。
まとめ
- がん医療の高度化に伴い、**「均てん化」から「集約化」**へと方針が動いている
- 集約化の光=質と安全。影=地方では移動・費用・家族の負担が増える
- 最新治療は高額で、高額療養費を使っても長期化で苦しくなることがある
- ドラッグロスで、そもそも日本で使えない新薬もある
- それでも、がん相談支援センター・セカンドオピニオン・支援制度を活用すればできることはある
- 遠くの最新治療だけが正解とは限らない。近くの標準治療で十分なことも多い
地方で暮らすことと、最良の医療を受けること。この2つを両立させるのは簡単ではありません。でも、正しく情報を集め、相談できる窓口を知っておくことが、その距離を縮める第一歩になります。
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参考
- 2040年を見据えたがん医療提供体制の均てん化・集約化について|厚生労働省
- がん診療連携拠点病院等|厚生労働省
- 日本のドラッグロスとドラッグラグ:現状分析と再生への提案|東京財団政策研究所
- 医師向け媒体におけるがん医療提供体制に関する議論をもとに、筆者の臨床経験を加えてまとめたものです。
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。