「死ぬならがんが良い」——そんな言葉を、書籍やSNSで見かけることが増えました。
理由としてよく挙げられるのは:
- 終活の時間が取れる
- 緩和ケアが充実している
- 家族に迷惑をかけにくい
確かに一理あります。しかし、緩和ケアの現場に20年近く関わってきた医師として、また日経メディカルの連載で廣橋猛先生(永寿総合病院・緩和ケア医)が自身が甲状腺がんを患った経験から書かれた論考を読んで、改めて考えました。
「どの死に方が良いか」を選ぶ発想自体が、本当に幸せにつながるのでしょうか。
参考記事:廣橋猛「『死ぬならがんが良い』と思っていないか?」(日経メディカル、2026年5月)
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/hirohashi/202605/593136.html(※会員限定記事)
この記事では、4つの主要な死因の特徴を整理したうえで、「死に方」より大切な「どう生ききるか」について考えます。
1. 日本人の主要な死因(2024年厚労省データ)
まず事実として、日本人がどんな死に方をしているかを確認しましょう。
| 順位 | 死因 | 割合 |
|---|---|---|
| 1位 | 悪性新生物(がん) | 約24% |
| 2位 | 心疾患 | 約15% |
| 3位 | 老衰 | 約12% |
| 4位 | 脳血管疾患 | 約7% |
| 5位 | 肺炎・誤嚥性肺炎 | 約9%(合計) |
→ 4人に1人ががん、約3割が心疾患・脳卒中、1割以上が老衰で亡くなっています。
参考情報源:厚生労働省「人口動態統計」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1a.html)/確定数表 第8表 死因別死亡数(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei24/dl/10_h8.pdf)
2. 4つの死に方の特徴を比較
「がんで死ぬのが良い」という主張を検証するため、主要な4つの死因の特徴を医師の視点で整理してみます。
がん
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 経過 | 数ヶ月〜数年かけて徐々に進行 |
| 予測 | 比較的予測可能(余命数ヶ月単位) |
| 痛み | あることが多い(緩和ケアで多くはコントロール可能) |
| 終活時間 | 取れる(数週間〜数ヶ月) |
| 家族との時間 | 持てる(意識保たれる時期が長い) |
| 苦しみ | 病状による(だるさ・食欲不振・痛み・呼吸困難など) |
心疾患(心筋梗塞・心不全)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 経過 | 急性死もあれば慢性経過もある |
| 予測 | 心筋梗塞は突然、心不全は予測難 |
| 痛み | 急性期は強い胸痛、慢性期は呼吸困難 |
| 終活時間 | 急性死ではほぼゼロ |
| 家族との時間 | 急性死では最期の言葉なし |
| 苦しみ | 急性期は強い苦痛、慢性期はQOL低下 |
脳血管疾患(脳卒中)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 経過 | 発症は突然、その後の経過は多様 |
| 予測 | 急性期は予測難 |
| 痛み | 痛みより麻痺・意識障害が中心 |
| 終活時間 | 重症例では意思疎通困難 |
| 家族との時間 | コミュニケーション制限が大きい |
| 苦しみ | 本人より家族の苦悩が大きいことも |
老衰
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 経過 | 数年〜十数年かけて緩やかに衰える |
| 予測 | 「いつ」は予測難、「方向」は予測可 |
| 痛み | 少ないことが多い |
| 終活時間 | 認知機能保たれていれば取れる |
| 家族との時間 | 長い時間にわたり共に過ごせる |
| 苦しみ | 比較的穏やかとされる |
補足:老衰で「最期まで会話できる」確率は?
老衰で亡くなる方の多くは90歳以上です。この年代の認知症有病率は以下の通り:
| 年代 | 認知症有病率(概算) |
|---|---|
| 75〜79歳 | 約10〜15% |
| 80〜84歳 | 約20〜25% |
| 85〜89歳 | 約40〜50% |
| 90歳以上 | 約60〜80% |
→ 単純計算では、老衰で亡くなる方のうち最期まで会話可能なのは3〜4人に1人程度と推定されます。
「老衰なら穏やかに家族と話せる」というイメージは、現実より楽観的なことが多いのです。
参考情報源:厚生労働省「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」(https://www.mhlw.go.jp/content/001279920.pdf)
肺炎(誤嚥性肺炎を含む)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 経過 | 急性は数日、終末期では反復性(数週間〜数ヶ月) |
| 予測 | 急性増悪は予測難、終末期肺炎は予測可能 |
| 痛み | 少ない(呼吸困難・倦怠感・痰のからみが主) |
| 終活時間 | 限定的(数日〜数週間) |
| 家族との時間 | 意識保たれることが多いが、低酸素で混乱することも |
| 苦しみ | 呼吸困難・発熱・痰の喀出困難 |
→ 高齢者では「老衰の最後の一押し」として誤嚥性肺炎が来ることが多く、老衰と肺炎は連続的に考えるべき経過です。
3. 「がんが良い」説への疑問
死因比較を踏まえて、「がんで死ぬのが一番良い」という主張を3つの観点から検証します。
疑問①:本当に緩和ケアで痛みは「全部」取れるのか
緩和ケアの進歩で、多くの痛みは適切に管理すれば許容できるレベルまでコントロールできます。
しかし、現場で経験する事実として:
- 完全に痛みがゼロになるわけではない
- 痛み以外の苦痛(だるさ・呼吸困難・吐き気・せん妄)は薬で十分にコントロールできないこともある
- 精神的苦痛・実存的苦痛(意味を見失う・孤独感)は薬では取れない
→ 「緩和ケアがあるから安心」は条件付きで真実です。
参考情報源:日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版」(https://www.jspm.ne.jp/publication/guidelines/individual.html?entry_id=85)
疑問②:「終活の時間が取れる」は本当に良いことか
確かに、突然死と比べて準備の時間が持てるのはメリットです。
しかし当事者からすると:
- 「あと何ヶ月」と知ったうえで生きる重圧
- 体力が落ちていく中での焦り
- 家族との別れを意識し続ける苦しさ
廣橋先生が「自分はがんで死にたいとは言えない」と書かれたのは、この当事者性に直面したからではないでしょうか。
疑問③:他人の死に方を「良い/悪い」と判断できるのか
そもそも「どの死に方が良い」という発想自体に問題があります。
- 心疾患でぽっくり逝った人を「幸せだった」と言う人もいれば「無念だった」と言う人もいる
- 老衰で長く家族に見守られた人を「穏やかだった」と言う人もいれば「長すぎた」と言う人もいる
- がんで緩和ケアを受けて旅立った人にも、それぞれの苦しみと喜びがある
→ 死に方を外から評価することに本質的な意味はありません。
4. 「死に方」から「生き方」へ視点を変える
ここからが本題です。
「どんな死に方が良いか」を考えるより、「今日からどう生きるか」を考える方が、ずっと建設的だと私は思います。
なぜ「生き方」に視点を変えるべきか
- 死に方は選べないことが多い(病気・事故・突然死)
- 生き方は選べる(今日・明日・来週・来年)
- 良い生き方の延長線上に、結果として「納得できる最期」がある
「どう生ききるか」を考える3つの問い
問い①:今日・1ヶ月・1年・10年で、何を大切にしたいか
- 健康なうちに考えておく
- 子ども・家族・仕事・趣味——優先順位は人それぞれ
- 定期的に見直すと、その時々の自分が見えてくる
問い②:もし余命1年と告げられたら、何をやめて何を始めるか
- 「やめたいこと」を今日からやめる
- 「始めたいこと」を今日から始める
- 余命宣告がなくても、この問いは今すぐ役立ちます
問い③:自分の人生の意味を、自分の言葉でどう表現するか
- 仕事の肩書きではなく、自分の存在意義
- 答えは出なくていい。問い続けることが生きる力になる
5. ACPで「生き方」を家族と共有する
「どう生ききるか」を考えるツールとして、**ACP(アドバンス・ケア・プランニング、人生会議)**があります。
ACPは「自分の価値観・人生観を家族や医療者と話し合っておくプロセス」です。一度きりのイベントではなく、繰り返し対話していくものです。
| 話し合うテーマ | 例 |
|---|---|
| 大切にしていること | 家族との時間/自立/旅行/仕事の完遂 |
| 避けたいこと | 長期入院/延命治療/意識のないままの生 |
| 意思決定を任せる人 | 配偶者/子/信頼する友人 |
| 療養の場所 | 自宅/病院/施設/ホスピス |
| 延命治療の希望 | 心肺蘇生/人工呼吸器/人工栄養 |
→ これらを話しておくと、いざというとき家族が迷わずに済みます。
参考情報源:厚生労働省「人生会議(ACP)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html)
6. 「良い死に方」を求めすぎないこと
最後に、緩和ケア医として伝えたいことがあります。
「良い死に方をしたい」と願う気持ちは自然なものです。しかし、その願いが強すぎると:
- 思い通りにならない病気の経過に苦しむことになる
- 「がんで死ねるはず」「老衰なら穏やか」という期待が裏切られる
- 比較の苦しみ(あの人より自分の方が辛い)が生まれる
そうではなく、
「どんな死に方になっても、その時を大切にしよう」
「今日を大切に生きることが、結果として最期を整える」
——この姿勢を持つ方が、最期も穏やかに迎えられることが多いと、現場で感じます。
まとめ
- 「がんで死ぬのが良い」説には合理的根拠もあるが、当事者性が抜けている
- 4つの主要な死に方(がん・心疾患・脳卒中・老衰)にそれぞれ特徴がある
- どの死に方も良い/悪いで評価できるものではない
- 大切なのは「どう生ききるか」——死に方は選べないが、生き方は選べる
- ACP(人生会議)を通じて、家族と価値観を共有しておくと安心
- 「良い死に方を求めすぎない」姿勢が、結果として穏やかな最期につながる
「死ぬならがんが良い」という言葉を聞いたら、こう問い返してみてください。
「では、今日をどう生きていますか?」
その問いに向き合うことが、死に方を選ぶことよりも、ずっと大切だと思うのです。
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参考情報源
- 廣橋猛「『死ぬならがんが良い』と思っていないか?」日経メディカル 2026年5月:https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/hirohashi/202605/593136.html(※会員限定)
- 厚生労働省「人口動態統計」:https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1a.html
- 厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計 確定数 第8表 死因別死亡数」PDF:https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei24/dl/10_h8.pdf
- 厚生労働省「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」:https://www.mhlw.go.jp/content/001279920.pdf
- 日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版」:https://www.jspm.ne.jp/publication/guidelines/individual.html?entry_id=85
- 厚生労働省「人生会議(ACP)」:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。