がんの療養中に、**「胸に水がたまっていますね」と言われることがあります。医学的には「がん性胸水(きょうすい)」**と呼ばれる状態です。
「水がたまる」と聞くと、驚いたり、不安になったりする方が多いと思います。息苦しさをともなうことも多く、ご本人にもご家族にも、つらい症状のひとつです。
この記事では、緩和ケアにたずさわる医師の立場から、
- 胸に水がたまると、なぜ息苦しくなるのか
- どうやって対処するのか
- なぜ「一気に全部抜かない」ことがあるのか
- 繰り返したまるときは、どうするのか
を、できるだけやさしくお伝えします。
※本記事は2026年7月時点の一般的な情報です。実際の対応は、患者さんの状態によって異なります。必ず主治医とご相談ください。
1. 「胸に水がたまる」とは、どういうこと?
肺は、胸の中で**「胸膜(きょうまく)」という薄い膜**に包まれています。その膜と肺のあいだのわずかなすき間に、本来はごく少量しかない水分が、たくさんたまってしまう——これが胸水です。
がんによって胸水がたまる場合を「がん性胸水」と呼びます。乳がんをはじめ、さまざまながんで起こりえます。
水がたまると、その分、肺がふくらむスペースが押しつぶされて狭くなり、うまく空気を取り込めなくなります。これが、息苦しさ・咳・動いたときの息切れといった症状につながります。
2. どうやって対処するの?
いちばんの目的は、**「つらい息苦しさをやわらげること」**です。方法はいくつかあります。
- 胸に細い針や管を入れて、たまった水を抜く(胸腔穿刺〔きょうくうせんし〕・胸水ドレナージ)
- 息苦しさそのものをやわらげる薬(医療用麻薬などを、症状に応じて使うこともあります)
- 酸素を使う
水を抜くと、肺がふくらむスペースが戻り、多くの場合、息苦しさが楽になります。「たまっていた水が減ってラクになった」と感じられる、大切な処置です。
3. なぜ「一気に全部抜かない」ことがあるの?
ここが、患者さん・ご家族から「せっかくなら全部抜いてほしいのに」とよく聞かれるところです。理由があります。
一度にたくさんの水を、急いで抜くと、かえって危険なことがあるからです。
長いあいだ水に押されて縮んでいた肺が、水が急に抜けて急にふくらもうとすると、肺がむくんでしまうことがあります(専門的には「再膨張性肺水腫〔さいぼうちょうせいはいすいしゅ〕」といいます)。これが起こると、逆に息苦しさや血圧の低下を招くことがあります。
ですから、患者さんの状態や水の性質を見ながら、「安全な範囲で、少しずつ」抜く——これが基本です。「出し惜しみ」ではなく、あなたの体を守るための、慎重な判断なのです。
4. 大事なこと——「水を抜く」のは、原因を治すことではない
もう一つ、知っておいていただきたいことがあります。
水を抜くこと自体は、がんそのものを治す治療ではありません。
胸水は、あくまで「がんがそこにあること」の結果としてたまるものです。ですから、根本の原因が残っていれば、水はまたたまってくることが多いのです。「抜いても、また増える」——これは処置がうまくいっていないのではなく、胸水という症状の性質です。
だからこそ、目標は「水を完全になくすこと」ではなく、**「息苦しさというつらさを、できるだけ楽にすること」**に置かれます。ここは、緩和ケアの考え方そのものです。
5. 何度も繰り返したまるときは?
水を抜いても繰り返したまってしまう場合には、次のような方法が検討されることがあります。
- 胸膜癒着術(きょうまくゆちゃくじゅつ):胸膜のすき間をわざとくっつけて、水がたまるスペースをなくす方法
- 管を留置する方法:細い管を入れたままにして、たまったら自宅などで少しずつ抜けるようにする方法
どれを選ぶかは、からだの状態、これからの過ごし方の希望、ご自宅で過ごしたいかどうかなどによって変わります。ここでも、「どれが本人にとって、いちばん楽に過ごせるか」を一緒に考えていきます。
まとめ
- がん性胸水は、胸に水がたまり、肺が押されて息苦しくなる状態
- 水を抜くと息苦しさは楽になるが、**一気に抜くと危険(再膨張性肺水腫)**なので、少しずつ抜くことがある
- 水を抜くのは原因を治すことではないため、また繰り返しやすい
- 目標は「水をゼロにする」ことではなく、**「つらさをやわらげる」**こと
- 繰り返す場合は、胸膜癒着術や管の留置など、暮らし方に合わせた選択肢がある
「胸に水がたまる」と聞くと不安になりますが、息苦しさをやわらげる手立ては、いくつもあります。つらいときは、がまんせず、遠慮なく医療者に伝えてください。「どう過ごしたいか」を一緒に考えるのが、緩和ケアです。
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