「がんそのものより、髪が抜けることの方がつらかった」——抗がん剤治療を受けた方から、こういう言葉を聞くことは少なくありません。

命にかかわる治療のなかで、外見の変化は「そんなことを気にしてはいけない」と思われがちです。でも、鏡に映る自分が変わっていくつらさは、決して小さなことではありません。この記事では、乳がん診療に20年携わってきた立場から、治療で起こる髪・眉・まつ毛・爪・肌の変化と、その付き合い方(アピアランスケア)を整理します。

※制度・助成の内容は2026年7月時点のものです。お住まいの自治体・通院先で最新の情報をご確認ください。


アピアランスケアとは

アピアランス(appearance)=見た目のこと。アピアランスケアとは、がん治療による外見の変化がもたらすつらさを、やわらげるための支えのことです。

大切なのは、これが「見た目を気にするわがまま」ではなく、治療を続け、自分らしく過ごすための、れっきとしたケアの一部だということです。国立がん研究センターも、髪・爪・肌・眉毛やまつ毛といった、多くの方が悩む部分について、専門的な情報を整理して公開しています。

参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「アピアランスケア——がんの治療による外見の変化とケア」(https://ganjoho.jp/public/support/appearance/index.html


1. 髪の脱毛——「いつ抜けて、いつ戻るか」を知っておく

いちばん不安が大きいのが髪の脱毛です。時期の見通しを持っておくだけで、心の準備がずいぶん変わります。

抜け始める時期 生え始める時期
抗がん剤(薬物療法) 治療開始から2〜3週間後 治療終了後2〜3か月で数ミリ程度伸び、半年〜1年で元に近づく
放射線治療 照射した部位のみ・2〜3週間後 治療後3〜6か月

ここで知っておいていただきたい大事なことが2つあります。

  • 脱毛の程度は薬によって違います。 すべて抜ける薬もあれば、薄くなる程度の薬もあります。「抗がん剤=必ず全部抜ける」ではありません。自分の薬がどうかは、担当医・薬剤師に確認できます。
  • 多くの場合、治療が終われば再び生えてきます。 一時的な変化であることが、支えになります。

2. ウィッグ・帽子——「助成制度」を使えることを知っておく

脱毛の間の選択肢は、ウィッグ(かつら)だけではありません。帽子・スカーフ・バンダナでも十分に過ごせますし、家では何もつけずに過ごす方も多くいます。正解はなく、自分が楽な方法でよいのです。

ウィッグを使う場合、選ぶポイントは「使う場面・着用時間・通気性・重さ・つけ心地・デザイン・予算」。価格は数千円から数十万円まで幅が広く、高ければよいというものではありません

そして、ぜひ知っておいてほしい制度があります。

⭐ 多くの自治体が、医療用ウィッグや胸部の補整具の購入費用を助成しています(アピアランスケア支援事業)。

  • 助成の対象・上限額・申請方法は自治体ごとに異なります(ウィッグ本体だけでなく、頭皮を守るネットや帽子、補整具などが対象になることもあります)
  • お住まいの市区町村名+ウィッグ 助成」で検索するか、通院先のがん相談支援センター・自治体の窓口に問い合わせると分かります
  • 申請には領収書などが必要なことが多いので、買う前に条件を確認し、領収書を保管しておくと安心です

なお、医療用ウィッグは現在「医療器具」とはされておらず、原則として医療費控除や健康保険の対象にはなりません。だからこそ、この自治体助成が実際的な助けになります。


3. 眉毛・まつ毛——書き足す・際立たせる

薬の種類によっては、眉毛やまつ毛も抜けることがあります。これも多くは一時的なものです。

  • 眉毛:アイブロウペンシルやパウダーで書き足す。抜ける前に眉の形を写真に撮っておくと、後で再現しやすくなります
  • まつ毛:アイシャドーやアイライナーで目元を際立たせると、印象を補えます
  • メガネ:まつ毛がないと目にゴミが入りやすくなります。メガネはその予防になり、見た目の面でも助けになります

4. 爪の変化——「やすり」と「保湿」がコツ

抗がん剤では、爪が変色する・変形する・もろくなるなどの変化が起こることがあります。

  • もろくなった爪は、**爪切りより「爪やすり」**の方が、割れずに長さを整えやすい
  • 保湿を心がける(爪や指先も乾燥します)
  • 変色はネイルカラーでカバーできます
  • ただしジェルネイルは、爪への負担や感染のリスクから避けるのが無難です

5. 肌の変化——清潔・保湿・日焼け対策

薬物療法や放射線治療では、色素沈着(黒ずみ)・乾燥・ざ瘡様の皮疹・手足症候群などが起こることがあります。基本のケアはシンプルです。

  1. 清潔に保つ——石けんやボディソープをよく泡立て、こすらず丁寧に洗う
  2. 保湿する——乾燥を防ぐ
  3. 傷をつくらない——皮膚が弱くなっているので、こすったり引っかいたりしない
  4. 紫外線を避ける——日焼け止めを使う。色素沈着は日光で濃くなりやすい

黒ずみが気になるときは、ファンデーションやコンシーラーでカバーできます。皮膚の副作用がつらいときは、がまんせず担当医・薬剤師に相談を。塗り薬や薬の量の調整で楽になることがあります。


6. 「頭皮を冷やして脱毛を抑える」方法について

治療中に頭皮を冷やして脱毛を軽くする方法(頭皮冷却)を行っている施設もあります。ただし、受けられる施設は限られ、費用の扱いも施設によって異なります。効果や向き・不向きもあるため、関心があれば「この病院ではできますか?」と通院先に確認してみてください。自己判断で決めるものではありません。


7. ひとりで抱えないために

外見の変化は、体の問題であると同時に、心の問題でもあります。「こんなことで落ち込むなんて」と思う必要はありません。つらいと感じるのは、あなたが自分を大切に思っている証拠です。

  • 多くのがん診療病院に**「がん相談支援センター」**があり、アピアランスケアの相談にものってくれます(その病院にかかっていなくても、無料で相談できます)
  • 化粧品メーカーや患者会が、ウィッグ・メイクの講習会を開いていることもあります
  • 家族や周りの人に「今はこういう時期なんだ」と一言伝えておくと、気持ちが楽になることがあります

参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「脱毛(治療の副作用)」(https://ganjoho.jp/public/support/condition/alopecia/index.html


まとめ

  • 髪の脱毛は抗がん剤開始から2〜3週間で始まり、治療後2〜3か月で生え始める。多くは一時的
  • ウィッグは必須ではない。帽子・スカーフでもよく、楽な方法でよい
  • 医療用ウィッグ・補整具は多くの自治体が助成している。買う前に条件を確認し領収書を保管
  • 眉・まつ毛は書き足す/際立たせる、爪はやすりと保湿、肌は清潔・保湿・日焼け対策が基本
  • つらさは心の問題でもある。がん相談支援センターなど、ひとりで抱えない窓口がある

見た目が変わっても、あなたがあなたであることは変わりません。治療を乗り切るために、使える工夫や制度は遠慮なく使ってください。困ったときは、担当医や看護師、薬剤師、がん相談支援センターに「見た目のことで相談したい」と伝えて大丈夫です。


筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。