画像で消えたら、がんは消えたのか
「MRIで、しこりが消えていました」 術前の抗がん剤治療を受けている方が、そう言われる場面があります。うれしい知らせです。でも、そのあとに続く言葉に戸惑う方が少なくありません。 「では、予定どおり手術をしましょう」 ——消えたのに、なぜ切るのか。 この「わからなさ」は、実は乳がんの治療のあちこちに顔を出します。手術で取りきったはずなのに薬を何年も飲む。症状がないときは、CTを撮ってもらえない。再発の治療中は、がんが消えていないのに「効いています」と言われる。 一見バラバラなこれらの疑問は、たどっていくと同じ一つのことに行き着きます。 画像は「見えるもの」しか見えない。だから治療のどの場面にいるかで、画像に期待していい役割が違う。 この記事では、乳がん診療に20年携わってきた立場から、術前・術後・再発治療中という3つの場面で、画像検査に何ができて何ができないのかを整理します。 0. まず全体像——場面ごとに、画像の役割は変わる 先に地図をお見せします。 場面 画像に期待できること 画像にできないこと 術前薬物療法のあと 手術の範囲を決める・効き方の見当をつける がんが完全に消えたと確定すること 手術のあと (役割はほとんどない) 目に見えない微小ながん細胞を見つけること 術後の通院中 症状が出たときに原因を確かめる 無症状の再発を先回りして見つけ、寿命を延ばすこと 再発の治療中 今の治療を続けるか変えるかを決める 治ったかどうかを判定すること 同じ「画像検査」でも、期待されている仕事がまったく違います。順に見ていきます。 1. 術前薬物療法のあと——「画像で消えた」の意味 消えたことは、確かに良い知らせ 手術の前に抗がん剤やホルモン療法を行うことを、**術前薬物療法(術前化学療法)**といいます。日本乳癌学会のガイドラインによれば、70〜90%の乳がんが術前化学療法で縮小します。 そして、しこりが消えることには、はっきりした意味があります。 手術で取り出した組織を調べた結果 再発のリスク 乳房の浸潤がんが消えていた 消えなかった場合と比べて約半分 乳房と脇のリンパ節の両方で消えていた 消えなかった場合と比べて約4分の1 つまり「消えた」は、単なる気休めではなく、その後の見通しを左右する本物の情報です。だからこそ、それが本当に消えているのかを、正確に知る必要があります。 ここで注意していただきたいのは、この表が**「画像で消えた」ではなく「手術で取り出した組織を顕微鏡で調べたら消えていた」**という話だということです。この2つは、同じではありません。 「消えた」と見えたとき、実際はどうなのか ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。 世界中の26の研究・のべ4,497人分のデータをまとめた解析(2022年)が、**「MRIで消えたと判定された人のうち、実際に消えていたのは何%か」**をタイプ別に報告しています。 がんのタイプ MRIで「消えた」と判定された人のうち、実際に消えていた割合 トリプルネガティブ 約75%(4人に1人は残っていた) HER2陽性・ホルモン受容体陰性 約69%(3人に1人は残っていた) HER2陽性・ホルモン受容体陽性 約47%(半分以上が残っていた) ホルモン受容体陽性・HER2陰性 約37%(3人に2人は残っていた) いちばん人数の多いホルモン受容体陽性・HER2陰性のタイプでは、MRIで「消えた」と言われた方の3人に2人に、実際にはがんが残っていたという結果です。 この解析の著者たちは、こう結論しています。 がんが消えたと確信して乳房の手術を省略したいのであれば、MRIの判定だけでは、どのタイプにおいても十分な精度がない 「消えたのに、なぜ切るのか」——その答えが、この一文です。 一方で、「残っている」という判定は、かなり当たる 逆向きのずれは、ずっと小さいこともわかっています。同じ解析で、**MRIが「まだ残っている」と判定したとき、実際に残っていた割合は85〜97%**でした。ホルモン受容体陽性・HER2陰性のタイプでは97%に達します。 つまり画像は、「まだある」を見つけるのは得意で、「もう無い」を保証するのが苦手な検査です。この非対称性が、術前薬物療法のあとに手術を行う理由そのものになっています。 「感度」「特異度」「的中率」という言葉の意味と、なぜ同じ検査でも場面によって当たり方が変わるのかは、その検査、どれくらい当たるの?——感度・特異度と「陽性的中率」をやさしくで詳しく解説しています。 脇のリンパ節は、もっと難しい さらに難易度が高いのが、脇のリンパ節です。 国内のある施設からの報告では、もともと脇のリンパ節に転移があったホルモン受容体陽性タイプの方について、術前化学療法のあとに超音波検査で「転移はなさそう」と判定された方を手術で確かめたところ、4割以上の方にリンパ節転移が残っていました。 同じ報告で、術前化学療法後に脇のリンパ節の転移が完全に消えていた方は、全体の**21%**にとどまっています。ホルモン受容体陽性のタイプは、抗がん剤で完全に消えることがもともと多くない——という前提も、ここでは大切です。 なぜ、ずれるのか 画像が実態からずれる理由は、いくつも重なっています。 ...