「骨に転移しています」——そう告げられると、多くの方が「もう長くないのか」と受け止めてしまいます。でも、少し待ってください。乳がんの骨転移は、転移のなかでは比較的おだやかに、長くつき合っていけることが多いものです。
乳がんは、体のなかでもっとも骨に転移しやすいがんのひとつです。裏を返せば、骨転移とうまくつき合う方法は、これまでにたくさん積み重ねられてきました。この記事では、乳がん診療に20年携わってきた立場から、骨転移で何が起こるのか、どんな治療で痛みや骨折を防ぐのか、そして知っておいてほしい「骨を守る薬」の注意点を整理します。
転移全体の見取り図は、別記事「乳がんの再発・転移——どこに起きる?どう向き合う?」とあわせて読んでいただくと、位置づけがつかみやすくなります。
骨転移とは——なぜ乳がんは骨に転移しやすいのか
骨転移とは、乳房にできたがん細胞が血流に乗って骨に移り、そこで増える状態のことです。乳がんの遠隔転移のなかでもっとも多く、全体のおよそ7割を占めます。背骨(脊椎)・骨盤・肋骨・太ももの付け根などに多く見られます。
大切なのは、骨転移は「転移」ではあっても、肺や肝臓などの内臓への転移に比べると、進行がゆるやかで、治療でコントロールしやすい傾向があるということです。骨転移だけの状態で、何年も日常生活を送りながら治療を続けている方は、決してめずらしくありません。
「治す(消しきる)」より「うまく抑えて、痛みなく暮らす」を目標にする——それが骨転移との基本的な向き合い方です。
どんな症状が出るのか
骨転移で起こりうる主な変化は、次の3つです。すべてが必ず起こるわけではありません。
| 症状 | どういうことか | サイン |
|---|---|---|
| 痛み | 骨の膜や神経が刺激される | 特定の場所が持続的に痛む(安静にしても続く・夜間に強い) |
| 骨折しやすくなる | 骨がもろくなる(病的骨折) | ちょっとした動作で骨が折れる |
| 高カルシウム血症 | 骨からカルシウムが溶け出す | のどの渇き・吐き気・だるさ・意識がぼんやり |
痛みは「歳のせい」「疲れのせい」と見過ごされがちです。同じ場所の痛みが2〜3週間以上続くときは、我慢せず担当医に伝えてください。骨転移は、早く気づくほど手を打ちやすくなります。
⚠️ これだけは覚えてほしい——すぐ受診すべきサイン(脊髄圧迫)
背骨に転移したがんが脊髄(背骨の中を通る神経の束)を圧迫することがあります。これは骨転移で最も注意すべき事態で、時間との勝負になります。
次のような症状が急に出たら、様子を見ずにすぐ連絡・受診してください。
- 背中や腰の強い痛みが急に悪化した
- 足に力が入らない・しびれる・歩きにくい
- 尿や便が出にくい/もれる(排尿・排便のコントロールがきかない)
これらは脊髄が圧迫されているサインかもしれません。対応が早ければ、麻痺を防げる・回復できる可能性が高くなりますが、遅れると歩けなくなることもあります。「大げさかな」と思っても、このサインのときは遠慮せず連絡してください。
治療は「2本立て」——全身の治療+骨を守る治療
骨転移の治療は、大きく2つを組み合わせて進めます。
① 全身の治療(がんそのものを抑える) 骨転移があるということは、目に見えない範囲にもがんが広がっている可能性があるということです。そこで、体全体に効く薬——ホルモン療法・抗がん剤・分子標的薬など、がんのタイプに合わせた薬物療法が土台になります。骨転移そのものを小さくしていく効果も期待できます。
② 骨を守る・症状をやわらげる治療
- 骨修飾薬(こつしゅうしょくやく)——後でくわしく説明します。骨折や痛みといった「骨のトラブル」を減らす、いわば骨のガード役の薬です
- 放射線治療——痛みの強い部位や、折れそうな部位、脊髄圧迫に対してとても有効です。多くは短期間の照射で痛みがやわらぎます
- 手術——骨折した/折れそうな部位を金属で固定し、生活の質を保つために行うことがあります
- 痛みの治療——痛みは我慢するものではありません。鎮痛薬や医療用麻薬(オピオイド)で、しっかりコントロールできます
痛みの薬、とくに医療用麻薬への不安がある方は、別記事「痛みのコントロール——医療用麻薬への誤解を解く」もお読みください。「中毒になる」「最後の手段」といった誤解を解いています。
参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん——再発・転移した場合」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html#recurrence)
「骨を守る薬」——始める前に、歯の治療を
骨修飾薬には、ビスホスホネート(ゾレドロン酸など)とデノスマブという種類があります。どちらも、骨が溶けるのを抑え、骨折・強い痛み・脊髄圧迫といった「骨関連事象」を減らすことが確かめられている、頼もしい薬です。定期的な注射・点滴で使います。
ただし、始める前に必ず知っておいてほしい注意点があります。
1. 歯の治療を先に済ませておく(顎骨壊死の予防) まれに、あごの骨に炎症や壊死(顎骨壊死)が起こることがあります。抜歯などの歯科処置がきっかけになりやすいため、骨修飾薬を始める前に歯科を受診し、必要な治療を済ませておくことが大切です。開始後も、口の中を清潔に保ち、歯科にかかるときは「骨修飾薬を使っている」と必ず伝えてください。
2. カルシウム・ビタミンDを補う(低カルシウム血症の予防) 薬の作用で血液中のカルシウムが下がりすぎることがあります。予防のため、カルシウムとビタミンDのサプリメントを一緒にのむよう指示されるのが一般的です。処方どおりに続けてください。
これらは「怖い薬だから避ける」という話ではありません。正しい準備をして使えば、骨転移の生活を大きく支えてくれる薬です。準備が必要だから、事前に知っておいてほしいのです。
日常生活で気をつけたいこと
- 転ばない工夫を——骨がもろくなっているときは、ちょっとした転倒が骨折につながります。段差・滑りやすい床・暗がりに注意し、必要なら手すりや杖を使いましょう
- 痛みは記録して伝える——「いつ・どこが・どのくらい・どんなときに」痛むかをメモしておくと、診察で薬の調整がスムーズです
- 動ける範囲で体を動かす——痛みと相談しながらですが、寝たきりは筋力・骨をさらに弱らせます。無理のない範囲の運動は大切です(担当医に「どこまで動いてよいか」を確認してください)
- 不安をひとりで抱えない——「がん相談支援センター」では、生活・お金・気持ちの相談ができます(その病院にかかっていなくても無料です)
まとめ
- 乳がんはもっとも骨に転移しやすいがんのひとつ(遠隔転移の約7割)。内臓転移より進行がゆるやかで、長くつき合いやすい
- 主な症状は痛み・骨折しやすさ・高カルシウム血症。同じ場所の痛みが2〜3週間続くときは伝える
- ⚠️ 背中の強い痛み+足のしびれ・力が入らない・排尿排便の異常は脊髄圧迫のサイン。すぐ受診を
- 治療は**全身の薬物療法+骨を守る治療(骨修飾薬・放射線・手術・痛みの治療)**の2本立て
- 骨修飾薬は始める前に歯の治療を済ませ、カルシウム・ビタミンDを補う。準備すれば心強い味方
- 痛みは我慢しない。うまく抑えて、痛みなく暮らすことが目標
「骨に転移」と聞いた瞬間の不安は、当然のものです。でも、骨転移は手立ての多い転移です。痛みも、骨折の予防も、できることはたくさんあります。ひとりで抱え込まず、気になる症状は早めに担当医へ、そして生活の困りごとはがん相談支援センターへ、言葉にして相談してください。
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。