「乳がんを予防するために、何に気をつければいいですか?」「術後の生活で、再発を防ぐには?」——日々の生活と乳がんの関係について、関心を持つ方は多いです。
日本乳癌学会の患者向けガイドラインでは、生活習慣と乳がんリスクについて、科学的エビデンスをもとに整理しています。
この記事では、乳がん発症リスク(予防)と再発リスクの両方について、何が分かっていて、何ができるかを解説します。
参考情報源:
- 日本乳癌学会「患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版 Q60 生活習慣と乳がん再発リスクとの関連について」
- 日本乳癌学会「患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版 Q62 食生活・生活習慣・持病と乳がん発症リスクについて」
- Taira N, et al. “Impact of modifiable lifestyle factors on outcomes after breast cancer diagnosis: the Setouchi Breast Cancer Cohort Study.” Japanese Journal of Clinical Oncology. 2015;45(6):600.(岡山大学・平成人先生らによる、乳がん診断後の修正可能なライフスタイル因子の影響を調べる前向きコホート研究)
1. 知っておきたい大前提
「100%の予防」はない
どんな生活習慣でも、乳がんを完全に予防することはできません。リスクを少しでも下げることが目標です。
発症リスクと再発リスクは別の話
- 発症リスク:まだ乳がんになっていない人が将来発症する可能性
- 再発リスク:すでに乳がんを治療した人が再発する可能性
似ているようで、エビデンスが異なる項目もあります。
2. 肥満とBMI
発症リスクへの影響
- 閉経後:肥満は乳がん発症リスクを確実に高める
- 閉経前:肥満は逆にやや低下傾向(理由は完全には分かっていない)
再発リスクへの影響
- 肥満は乳がんの再発リスクと予後悪化に関連すると報告されている
推奨
- BMI 25未満を目安に
- 急激なダイエットではなく、緩やかな体重管理を
- 食事・運動の組み合わせが効果的
※BMI 25の体重目安(参考):身長148cm 約54.8kg/身長158cm(日本人女性の平均)約62.4kg/身長168cm 約70.6kg
3. アルコール
発症リスクへの影響
- 飲酒量に応じて乳がん発症リスクは上昇
- 1日にビール中瓶1本(純アルコール20g)程度でもリスクが高まる
再発リスクへの影響
- 治療後の飲酒と再発リスクの関連はまだ十分に確立されていない
- ただし、節酒は他のがんや健康面でもメリットあり
推奨
- 節酒(日本酒1合・ビール中瓶1本以下/日)
- 飲まないに越したことはない
4. 喫煙
発症リスクへの影響
- 喫煙は乳がん発症リスクをやや高める可能性
- 受動喫煙もリスクとなり得る
再発リスクへの影響
- 喫煙は予後を悪化させる可能性あり
推奨
- 禁煙
- 受動喫煙を避ける
5. 運動
発症リスクへの影響
- 運動習慣は乳がん発症リスクを低下させる
- 閉経後の女性で特に効果が示されている
再発リスクへの影響
- 適度な運動は再発予防にも有効との報告
- 体力・倦怠感の改善・QOL向上にも寄与
推奨
- 週150分以上の中強度の運動(早歩き・水泳など)
- 無理をしない範囲で、続けられる種目を
6. 食事
脂肪の摂取
- 脂肪の摂取と乳がん発症・再発リスクの関連は確立されていない
- 質(飽和脂肪酸 vs 不飽和脂肪酸)が重要との見解もあり
大豆・イソフラボン
- 大豆食品の摂取は乳がん発症リスクをやや低下させる可能性
- イソフラボンサプリメントは推奨されない(過剰摂取の懸念)
乳製品
- 乳製品の摂取と乳がんリスクの関連は明確ではない
- 普通に飲食する範囲で問題なし
推奨
- 偏らないバランスの良い食事
- 大豆・野菜・果物を積極的に
- サプリメントに頼りすぎない
7. ホルモン補充療法・経口避妊薬
ホルモン補充療法(HRT)
- 更年期障害の治療として用いられるが、長期使用で乳がん発症リスクが上昇
- 必要最小限の期間・用量で使用、定期検診と併用が推奨
経口避妊薬(ピル)
- ピル使用中はわずかにリスク上昇の可能性
- 使用中止後は数年でリスクは元に戻る
- 卵巣がん・大腸がんのリスク低下効果もあり、メリット・デメリットを総合判断
推奨
- 担当医・婦人科医と相談しながら使用
- 必要な場合に使い、不要なら継続しない
8. 妊娠・出産・授乳歴
月経歴
- 早い初経・遅い閉経は乳がん発症リスクをやや高める
- これは女性ホルモンに長く曝されることが理由
妊娠・出産
- 若年での出産歴ありは発症リスクを下げる
- 妊娠経験がない、または高齢出産の場合はやや高くなる
授乳
- 授乳歴ありは乳がん発症リスクを下げる
これらは過去の事実であり変えられないので、リスク評価のひとつの目安として理解してください。
9. ストレス・性格
- ストレスや性格と乳がん発症リスクの関連は確立されていない
- 「ストレスでがんになる」という説には十分な科学的根拠なし
- ただし、心の健康はQOL・治療継続の意欲に大きく影響
10. 補完代替医療(健康食品など)
ガイドラインでは以下の点が示されています:
- 免疫療法・高濃度ビタミンC・健康食品の効果は標準治療を超えるエビデンスなし
- 一部は標準治療を妨げる可能性あり
- サプリメントを使用する場合は必ず担当医に相談
「何もしないと不安」という気持ちはわかりますが、標準治療+生活習慣改善が最も確実な道です。
11. 日本発の重要な研究——Setouchi Breast Cancer Cohort Study
生活習慣と乳がんの関係については世界中で研究されていますが、日本人を対象にした大規模な前向き研究として、岡山大学の 平 成人(たいら なると)先生 らが進めている Setouchi Breast Cancer Cohort Study があります。
研究の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な研究者 | 平 成人 先生(岡山大学病院 乳腺・内分泌外科)他 |
| 研究デザイン | 多施設共同・前向きコホート研究 |
| 対象 | ステージ0〜IIIの乳がん患者 約2,000人を5年で登録 |
| 評価時期 | 診断時・診断後1, 2, 3, 5年 |
| 主要評価項目 | 無病生存期間(再発までの期間) |
| 副次評価項目 | 全生存期間・QOL・症状・有害事象 |
調査するライフスタイル因子
- 身体活動(運動習慣)
- 喫煙
- 飲酒
- 肥満・診断後の体重増加
- 代替医療の使用
- 食事因子
- 心理社会的因子・生殖因子
この研究が大切な理由
これまで生活習慣と乳がんの関係に関するエビデンスの多くは欧米のデータでした。日本人女性は欧米人と比べて:
- 高濃度乳房が多い
- 平均BMI が低い
- 食生活・運動習慣が異なる
- 妊娠・出産・授乳のパターンが異なる
こうした背景の違いから、日本人独自のデータが必要とされてきました。Setouchi Breast Cancer Cohort Study はその空白を埋める研究として、国内外から注目されています。
研究から得られた知見の活用
この研究をはじめとする国内コホート研究のデータを基に、日本乳癌学会の患者向けガイドラインも更新されています。ガイドラインに「日本人ではこうです」と書かれている根拠の一つになっているわけです。
参考情報源:Taira N, et al. “Impact of modifiable lifestyle factors on outcomes after breast cancer diagnosis: the Setouchi Breast Cancer Cohort Study.” Japanese Journal of Clinical Oncology. 2015;45(6):600.
まとめ:今日からできる5つのこと
| 行動 | 効果 |
|---|---|
| 節酒・禁煙 | 発症・再発リスク低減、他の健康面でもメリット |
| 適度な運動(週150分) | 発症・再発リスク低減、QOL向上 |
| 体重管理(BMI 25未満) | 特に閉経後の発症リスク・再発リスク低減 |
| バランスの良い食事 | 大豆・野菜・果物中心、サプリ過剰摂取は避ける |
| 定期検診の継続 | 早期発見が最大の予後改善 |
注意:100%の予防はない
これらの生活習慣を完璧に守っていても、乳がんになる方はいます。逆に、健康的な生活習慣でない方が必ず発症するわけでもありません。
過度に自分を責めないことも大切です。リスクを減らすためにできることをしながら、毎日を心地よく過ごす——そのバランスが大切です。
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。