「積立は順調です。あとは使うときが来るのを待つだけ」
そう思っている方に、ひとつだけ知っておいてほしいことがあります。同じ平均リターンでも、良い年と悪い年が来る「順番」によって、手元に残る金額は変わります。
これを順序リスク(シークエンスリスク)といいます。以前株式と債券を比べた記事で名前だけ触れましたが、今回は数字で詳しく見ていきます。
題材は、多くの家庭にとって最初にやってくる大きな取り崩し——子どもの教育費です。
※特定の銘柄・商品の売買を勧めるものではありません。投資にはリスクがあり、元本は保証されません。最終的な判断はご自身で。
同じ値動きなのに、150万円の差がつく
子ども1人分の教育費として1,000万円を用意し、大学4年間で毎年250万円ずつ使っていくとします。
2年間の値動きは「▲30%」と「+30%」。順番だけが違う2つのケースを比べます。
ケースA:先に暴落が来た
| 計算 | 年末の残高 | |
|---|---|---|
| 1年目 | 1,000万 × 0.7 = 700万 → 250万使う | 450万 |
| 2年目 | 450万 × 1.3 = 585万 → 250万使う | 335万 |
ケースB:あとで暴落が来た
| 計算 | 年末の残高 | |
|---|---|---|
| 1年目 | 1,000万 × 1.3 = 1,300万 → 250万使う | 1,050万 |
| 2年目 | 1,050万 × 0.7 = 735万 → 250万使う | 485万 |
値動きはまったく同じ。使った金額も同じ。それなのに、残高は150万円違います。
1,000万円の教育資金に対して150万円ですから、割合にすると15%。金額で言えば、大学の学費が1年半ぶん消える規模です。
なぜ差が生まれるのか
答えはシンプルで、取り崩しているからです。
取り崩しをしなければ、順番は結果に一切影響しません。実際に計算してみると、
- 1,000万 × 0.7 × 1.3 = 910万
- 1,000万 × 1.3 × 0.7 = 910万
どちらも同じです。掛け算は順番を入れ替えても答えが変わらないからです。
差が生まれるのは、値下がりしている最中に売るからです。同じ250万円を用意するにも、基準価額が下がっていれば、より多くの口数を手放すことになります。すると相場が回復しても、その回復の恩恵を受ける元本が減っている。これが「安いときに売る」ことの二重の損失です。
ここで大事なのは、積立期には順序リスクはほとんど問題にならないということです。むしろ積立中の暴落は、同じ金額でたくさん買えるチャンスになります。危険なのは、お金を「出す側」に回ってからなのです。
教育費が、いちばん無防備な支出である理由
老後資金の取り崩しであれば、暴落が来たときに「1年待つ」「今年は取り崩しを減らす」という調整ができます。
しかし教育費は違います。入学の時期を動かせないからです。
進学する年に暴落が来ていても、「相場が戻るまで入学を待つ」わけにはいきません。支出のタイミングを自分で選べない——この性質こそが、教育費を順序リスクに対して最も無防備にしています。
しかも教育費は、多くの家庭で人生で最初に訪れるまとまった取り崩しです。老後より前に来ます。順序リスクは「老後の話」だと思っていると、その手前で足元をすくわれます。
ここからが本題——実際には全額を取り崩すわけではない
ただし、ここまでの計算には現実離れした前提が入っています。教育費の全額を資産から取り崩すという前提です。
実際には、多くの親は働いて仕送りをします。資産から出すのは、収入で足りない分だけです。
そして、ここが最も重要な点です。順序リスクは「取り崩す額」に比例します。 つまり、収入で賄える割合が高いほど、被害は小さくなるのです。
同じ「教育費 年250万円」を、どう賄うかで比べてみます(資産1,000万円・値動きは先ほどと同じ)。
| 資産から取り崩す額 | 収入から出す額 | ケースA(先に暴落) | ケースB(後で暴落) | 差 |
|---|---|---|---|---|
| 年250万(全額) | 0円 | 335万 | 485万 | 150万 |
| 年100万 | 年150万 | 680万 | 740万 | 60万 |
| 0円 | 年250万 | 910万 | 910万 | 0円 |
同じ相場、同じ教育費です。それでも、収入から出せる割合を増やすだけで、被害は150万→60万→ゼロと減っていきます。
取り崩しがゼロなら、暴落がいつ来ようと結果は変わりません。
つまり順序リスクへの備えは、2方向あることになります。
- 置き場所を工夫する(使う時期が近いお金を株式から外しておく)
- そもそも取り崩す額を減らす(働いて出せる分を増やす・固定費を下げる)
そして、より本質的なのは2番目です。投資テクニックの話に見えて、実は「稼ぐ力を保つこと」と「固定費を下げること」という、いちばん地味な部分が効いてくる——順序リスクを突き詰めると、そこに行き着きます。
ただし、仕送りそのものが家計を圧迫するのも事実です。「収入から出せばいい」で済む話ではありません。だからこそ、教育費が重くなる時期までに固定費を軽くしておくことがセットになります。
では、上がり続けたらどうなるのか
ここまで暴落の話をしてきましたが、逆のケースも見ておきます。相場が上がり続けた場合です。
同じ設定で、2年間の値動きが「+20%」と「+10%」だったとします。
| ケースA(大きい上昇が先) | ケースB(大きい上昇が後) | |
|---|---|---|
| 1年目 | 1,000万 × 1.2 → 250万使う = 950万 | 1,000万 × 1.1 → 250万使う = 850万 |
| 2年目 | 950万 × 1.1 → 250万使う = 795万 | 850万 × 1.2 → 250万使う = 770万 |
差は25万円。順序リスクは上昇相場でも存在します(大きい上昇が先に来る方が有利)。
ただし、この25万円と先ほどの150万円を単純に比べて「暴落があるから差が大きい」と考えるのは誤りです。2つのケースは値動きの幅が違います(60ポイント差と10ポイント差)。同じ条件で比べていません。
順序リスクの大きさは、1本の式で決まります
一般化して計算すると、順序を入れ替えたときの差はこうなります。
2年間の順序による差 = 取り崩し額 × (1年目と2年目のリターンの差)
この式で先ほどの数字を確かめてみます。
| ケース | 取り崩し額 | リターンの差 | 計算 | 実際の差 |
|---|---|---|---|---|
| ▲30% と +30% | 250万円 | 60ポイント | 250 × 0.60 | 150万円 |
| +20% と +10% | 250万円 | 10ポイント | 250 × 0.10 | 25万円 |
| +60% と 0%(暴落なし) | 250万円 | 60ポイント | 250 × 0.60 | 150万円 |
3つ目に注目してください。暴落が一度もなくても、値動きの幅が同じなら差はぴったり150万円になります。
つまり順序リスクの大きさを決めるのは、暴落かどうかではなく「値動きのばらつき」と「取り崩し額」です。そしてこの式には取り崩し額が直接入っています——先ほど見た「収入から出せる割合を増やせば被害が減る」は、たとえ話ではなく式そのものだったわけです。取り崩しがゼロなら、差もゼロになります。
それでも暴落が怖い理由は、別にあります
順序リスクとは分けて考える必要があります。
- 暴落は残高そのものを減らす — 335万円と795万円では、順序による差が同じでも手元に残る額がまるで違います。これは順序リスクではなく、単純に下落したことのダメージです
- 現実には、下がる局面ほど値動きが荒くなりやすい — 結果として「リターンの差」が大きくなり、順序リスクも大きく出ます
「暴落が順序リスクを生む」のではなく、「暴落局面ではばらつきが大きくなるので、結果的に順序リスクも大きくなる」——正確にはこういう関係です。
そして、対策にもコストがある
ここで見落としてはいけないのが、「暴落が怖いから早めに全額現金にしておく」ことの代償です。
同じ1,000万円を、最初に全額現金化していたらどうなるか。
| 選択 | 2年後の残高 |
|---|---|
| 最初に全額現金化 | 500万円(1,000 − 250 − 250) |
| 投資を続けた(上昇ケースA) | 795万円 |
| 差 | 約295万円 |
暴落に備えたつもりが、相場が上がり続けた結果、300万円近い機会損失になりました。1,000万円に対して約30%です。これは「安全のためのコスト」として無視できる大きさではありません。
守り一辺倒も、攻め一辺倒も、それぞれ大きく損をする。 上の2つの試算は、そのことを両側から示しています。
この5年を振り返ってみる
「暴落なんて言われても実感がない」——そう感じる方もいると思います。実際の数字を見てみましょう。
S&P500の年間騰落率(ドル建て)
| 年 | 騰落率 |
|---|---|
| 2021年 | +26.6% |
| 2022年 | −19.6% |
| 2023年 | +23.8% |
| 2024年 | +24.0% |
| 2025年 | +16.0% |
「5年間ずっと上がり続けた」わけではありません。2022年には約20%の下落がありました。ただし2023年から2025年は3年連続の大幅上昇です。
さらに、円で暮らす私たちには為替が効いてきます。
ドル円の年末値
| 年末 | ドル円 |
|---|---|
| 2020年末 | 103.30円 |
| 2021年末 | 115.03円 |
| 2022年末 | 131.01円 |
| 2023年末 | 140.84円 |
| 2024年末 | 149.99円 |
**5年で約103円から150円へ。**2026年7月には163円台と、39年ぶりの円安水準に達しました。
この2つを掛け合わせると、円建てのリターンが出ます。計算はシンプルで、(1+ドル建て騰落率)×(1+為替の変化率)−1 です。為替の変化率は、上の年末値から出しています。
| 年 | ドル建て | 為替の変化 | 計算 | 円建て(概算) |
|---|---|---|---|---|
| 2021年 | +26.6% | +11.4% (103.30→115.03円) |
1.266 × 1.114 | 約 +41% |
| 2022年 | −19.6% | +13.9% (115.03→131.01円) |
0.8036 × 1.1389 | 約 −8.5% |
| 2023年 | +23.8% | +7.5% (131.01→140.84円) |
1.238 × 1.075 | 約 +33% |
| 2024年 | +24.0% | +6.5% (140.84→149.99円) |
1.240 × 1.065 | 約 +32% |
※これは概算です。指数の騰落率に為替変動を掛けただけで、配当の再投資・信託報酬・基準価額の算出タイミングを考慮していないため、実際の投資信託の成績とは差が出ます。傾向をつかむための数字としてご覧ください。
ドル建てで20%下げた2022年ですら、円安に助けられて円建てでは−8.5%程度にとどまっています。4年のうち3年が+30%超。この4年間で、円建ての資産は約2.3倍になった計算です(1.41 × 0.915 × 1.331 × 1.320 ≒ 2.27)。
ここ数年に始めた人は、二重に「暴落を知らない」
長く投資を続けている方は、リーマンショックもコロナショックも経験しているはずです。問題は始めた時期にあります。
- 2023年以降に始めた人は、下落した年を一度も経験していない
- さらに円建てなら、2022年の下落すら円安が打ち消していた(−19.6%が−8.5%程度に)
つまり、ここ数年のうちに投資を始めた人だけが、二重に暴落から遠ざけられてきたことになります。自分がどちらに当てはまるかは、いつから積み立てているかを思い出せばすぐ分かります。
そしてもうひとつ。この4年間の上昇の相当部分は、円安によるものです。株価が上がったから増えたのではなく、株高と円安が同時に来たから増えた。103円が163円になる過程で、円建ての資産は自動的にかさ上げされてきました。
163円は39年ぶりの水準です。ここからさらに同じ勢いで円安が進むと考えるのは、あまり慎重な想定とは言えないでしょう。株安と円高が同時に来れば、円建ての資産は想像以上に減ります。
上がり続ける相場しか知らない状態で、時期を動かせない教育費を迎える。これが、順序リスクとして最も危険な組み合わせです。
では、どうするか
対策は、先ほど整理した2方向から考えます。
① 置き場所を工夫する
- 使う時期の2〜3年前から、必要な額だけ、相場が堅調なときに段階的に現金化する
- 全額を一度に現金化しない(上昇相場での機会損失が大きすぎる)
- 直前まで投資したままにもしない(暴落の直撃を避けられない)
- 暴落局面では取り崩しを発動せず、現金から出すか、支出を先送りできないか考える
「2〜3年前から」「必要額だけ」「段階的に」——この3つがそろって、はじめて守りと攻めのバランスが取れます。
② そもそも取り崩す額を減らす
- 働いて仕送りできる力を保つ(教育費の時期に収入を落とさない)
- 固定費を下げておく(ローンの返済が終わっていれば、その分がまるごと仕送りに回せる)
②は地味ですが、効果は直接的です。たとえば毎月7万円台のローンが終われば、年間で90万円近いお金が仕送りに回せます。それはそのまま「取り崩さなくて済む額」になり、順序リスクへの露出をそれだけ減らします。
筆者の場合
筆者も数年後に子どもの進学を控えています。決めているのは次の2つです。
ひとつは、使う時期の2〜3年前から、必要額を段階的に現金化すること。売り時は先に決めておくという考え方の実践です。相場を見てから慌てて決めるのではなく、ルールを先に置いておく。
もうひとつは、教育費が重くなる前に固定費を軽くしておくこと。手元にまとまった資金ができたときに、それを投資に回すか、ローンの返済に充てるか——利回りだけで比べれば投資が有利に見えます。それでも返済を選ぶ理由があるとすれば、それは金利差の話ではなく、**「教育費の時期に、相場を気にせず済む状態を買う」**ためです。
まとめ
- 順序リスク=同じ平均リターンでも、良い年と悪い年の順番で結果が変わること
- 取り崩しがなければ順番は無関係。「出す側」に回ってから効いてくる
- 教育費は時期を動かせないため、順序リスクに最も無防備な支出
- 被害の大きさ=取り崩し額 × リターンの差。暴落かどうかではなく、値動きのばらつきと取り崩し額で決まる
- だから収入から出せる割合を増やせば、それだけ小さくなる(取り崩しゼロなら差もゼロ)
- 一方で**「早めに全額現金化」は上昇局面で大きな機会損失を生む**
- だから答えは中間にある:使う2〜3年前から、必要額だけ、段階的に
- 直近数年は「株高+円安」が重なった例外的な期間。その体験を標準だと思わないこと
診断がついた患者さんに、私はよく「いま決めるべきことと、後で決めればいいことを分けましょう」とお話しします。お金も同じです。相場がどう動くかは決められませんが、いつ・いくら現金化するかは、今のうちに決めておける。
決められることを先に決めておく。それが、順番の運に振り回されないための、いちばん確実な備えです。
参考
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筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。 お金の勉強はリベラルアーツ大学(リベ大)を参考にしています。