前の記事お金の勉強は、いつ始めるのが一番効くのかで、学生時代の国民年金について「申請は今すぐ。納付は後から」と書きました。

そこで止めてしまったので、続きを書きます。

では、その「後から」の納付——追納は、したほうが得なのでしょうか。

この問いは、インターネットで調べても答えが割れます。生成AIに聞いても、聞くAIによって結論が逆になることがあります。理由ははっきりしていて、AIは「あなたのその期間が未納なのか、承認を受けた免除なのか」を確認しないまま、一般論で答えてしまうからです。この2つは、制度上まったく別物です。

この記事では、判断に必要な前提を順番に開けていきます。数字はすべて日本年金機構と国税庁の公表資料から取りました。

そしてもうひとつ、先にお伝えしておきたいことがあります。年金の手続きには、いま決めるしかないことと、まだ決めなくていいことが混ざっています。この記事は、その2つを分けるために書いています。


大前提:「未納」は、そもそも追納できません

最初に、いちばん多い誤解です。

追納制度の対象になるのは、申請して承認を受けた期間だけです。日本年金機構は対象を「全額免除、4分の3免除、半額免除、4分の1免除、納付猶予、学生納付特例の期間」と明記しています。

申請せずに払わなかった期間=「未納」は、この中に入っていません。 何年か経ってから「まとめて払って年金を増やそう」と思っても、制度が用意されていないのです。

学生納付特例をさかのぼって申請できるのは「申請時点から2年1カ月前までの期間」まで。それを過ぎると、未納として確定します。

前の記事で「申請は今すぐ」と書いたのは、この期限のことでした。


申請しただけで、すでに手に入っているもの

ここが、前の記事で書き足りなかった部分です。「追納の権利が残る」だけではありません。

申請して承認を受けた時点で、すでに2つの保障が働いています。

① 万一のときの障害年金・遺族年金。

日本年金機構は、学生納付特例の承認期間について「保険料納付済期間と同様に当該要件の対象期間になります」と書いています。つまり、在学中に事故や病気で障害が残った場合、あるいは亡くなった場合、保険料を払っていた人と同じ扱いで受給要件が判定されます

これは未納だと得られません。申請したかどうかで、万一のときの保障が変わるのです。

② 老齢基礎年金をもらうための資格期間。

年金を受け取るには、原則10年以上の資格期間が必要です。承認期間は「この10年以上という老齢基礎年金の受給資格期間に含まれます」。

そして、ここからが追納の話につながります。

「ただし、老齢基礎年金の額の計算の対象となる期間には含まれません。」

受給資格には入るけれど、金額には反映されない。 これが、申請だけでは埋まらない唯一の穴です。

逆に言えば、追納で増えるのは老齢基礎年金の「額」だけです。障害年金や遺族年金の保障は、追納しなくてもすでに効いています。「万一に備えて追納を」という勧め方は、この点で正確ではありません。


追納すると、いくら増えるのか

日本年金機構は、こう書いています。

「1年間分追納すると、全額免除の期間であれば老後の年金が年間で約1万円、納付猶予や学生納付特例の期間であれば年間で約2万円増えます。」

同じ1年分でも、倍違います。 理由は、全額免除の期間には国庫負担分がすでに入っているからです。もともと半分は年金額に反映されているので、追納で埋まる残りも半分。一方、学生納付特例と納付猶予はゼロからの積み上げなので、丸ごと増えます。

自分の期間がどちらなのかで、判断は変わります。

数字の出どころも確かめておきます。令和8年度の老齢基礎年金の満額は月70,608円(年847,300円)。これを480か月(40年)で割ると、1か月あたり年1,765円。12か月分なら年21,180円です。年金機構の言う「約2万円」と一致します。

なお、老齢基礎年金の満額は生年月日で2種類あります。上の額は昭和31年4月2日以後生まれの方のもの。昭和31年4月1日以前生まれの方は月70,408円(年844,896円)で、わずかに低くなります。この記事では前者で計算しています。


元が取れるまで、何年か

追納にかかる金額は、いま支払う保険料の額ではありません。

「免除・納付猶予の承認を受けた期間の翌年度から起算して、3年度目以降に保険料を追納する場合には、当時の保険料額に経過期間に応じた加算額が上乗せされます

つまり当時の保険料額が基準で、放っておくと加算額が乗ります。近年の保険料の推移はこうです。

年度 月額
令和5年度 16,520円
令和6年度 16,980円
令和7年度 17,510円
令和8年度 17,920円

令和8年度の水準で1年分を概算すると、17,920円×12か月=約215,000円。これで年金が年約21,180円増えるので、

215,000円 ÷ 21,180円 = 約10.2年

65歳から受け取り始めるなら、75歳ごろに元が取れる計算です。そこから先は、生きている限り上乗せが続きます。

この性質が大事です。**追納は「投資」というより「長生きへの保険」**です。早く亡くなれば払い損になり、長生きするほど得をする。だから「利回りが何%か」で考えるより、「長生きしたときに困らないための備え」として見るほうが実態に近いと思います。


節税を入れると、話が変わります

追納した保険料は、全額が社会保険料控除の対象になります。その年の所得から丸ごと引けるので、税率の高い人ほど実質負担が下がります。

さきほどの約215,000円を、限界税率別に置き換えてみます。

限界税率(所得税+住民税) 実質的な負担 元が取れるまで
15%(所得税5%) 約182,800円 約8.7年
20%(所得税10%) 約172,000円 約8.2年
33%(所得税23%) 約144,100円 約6.8年
43%(所得税33%) 約122,600円 約5.8年

(復興特別所得税は計算に入れていません)

税率15%の人で8.7年、43%の人なら5.8年。 同じ制度を使っても、回収までの年数が3年近く違います。

そして「誰が払うか」で、もう一段変わります

ここが、この記事でいちばんお伝えしたい点です。

国税庁は社会保険料控除について、こう定めています。

「納税者が自己または自己と生計を一にする配偶者やその他の親族の負担すべき社会保険料を支払った場合には、その支払った金額について所得控除を受けることができます」

「控除できる金額は、その年に実際に支払った金額……の全額です」

子どもの追納分を、生計を一にする親が払えば、親の所得から控除できます。

大学を出たばかりの本人の限界税率はたいてい15%前後。一方、働き盛りの親が33%や43%なら、同じ215,000円の支払いでも実質負担は6万円ほど違います

これは節税テクニックの話ではありません。家族全体で見たときに、どこから払うのが合理的かという話です。そして、この話を子どもから親に持ちかけると、家庭でお金の話をする自然なきっかけになります。


期限は2つあります

① 加算額がつくまでの猶予。

加算額が乗るのは「承認を受けた期間の翌年度から起算して3年度目以降」。2年度以内に払えば加算はゼロです。やると決めているなら、早いほど安く済みます。

② 10年の窓。

追納できるのは「追納が承認された月の前10年以内」の期間まで。卒業してから10年が経つと、順番に権利が消えていきます。

なお、追納は「原則古い期間の保険料から」納めることになっています。免除期間と学生納付特例の両方がある場合は、順序について年金事務所に相談するよう案内されています。

筆者の記録を開いてみました

この記事を書くにあたって、自分の年金記録を確認しました。きれいに二つに分かれていました。

  • 20歳になってからの約2年半(29か月)=未納
  • そこから大学を出るまで(32か月)=学生納付特例

申請をしたことは覚えていました。しかし、その前に空白があったことは、記録を開くまですっかり忘れていました。おそらく、申請が間に合わなかったのだと思います。

この2つは、いまとなっては扱いが違います。未納だった29か月は、何をしても取り返せません。 追納制度の対象外だからです。学生納付特例だった32か月は追納できたはずですが、10年の窓はとうに閉じています

合わせて61か月。老齢基礎年金は、満額と比べて年およそ107,700円少ない計算になります。月にするとおよそ9,000円です。

正直なところ、記事を書くまで確認していませんでした。制度を知っていることと、自分の記録を見ていることは別だと痛感しました。


60歳になると、もう一度だけ入口が開きます

ここまで読んで「自分はもう手遅れだ」と思った方へ。任意加入という制度があります。基本的な情報を押さえておいてください。

入れる人の条件(日本年金機構の案内より、4つすべてを満たす必要があります)

  • 日本国内に住所を有する60歳以上65歳未満の方
  • 老齢基礎年金の繰上げ支給を受けていない
  • 20歳以上60歳未満までの保険料の納付月数が480月(40年)未満の方
  • 厚生年金保険、共済組合等に加入していない

手続きと納め方

申し込みは「お住まいの市区役所・町村役場の国民年金担当窓口または、お近くの年金事務所」。保険料の納付方法は口座振替が原則です。金額は通常の国民年金保険料と同じで、令和8年度なら月17,920円。

最大で5年(60か月)ですから、増えるのは年およそ106,000円が上限です。元が取れるまでの年数は、追納と同じ約10年になります。

なお、受給資格期間そのものが足りていない65歳以上70歳未満の方にも、加入の道があります。

ただし、これは「いま決めること」ではありません

4つ目の条件に注目してください。厚生年金に加入していると、任意加入できません。 60代前半も会社や病院に勤め続けるのか、勤務を減らすのか——その働き方次第で、そもそも使えるかどうかが変わります。

さらに、入るべきかどうかを判断するには、

  • そのときの金融資産がいくらあるか
  • 毎月の収入と支出がどうなっているか
  • 年金をいつから、どう受け取るつもりか(繰上げを選ぶと、そもそも入れません)
  • 60代前半を、どう過ごすつもりか

——これらが全部必要になります。つまり60歳時点のライフプランがないと、答えが出ない種類の問いです。20歳の人はもちろん、40代の筆者にも、いまは決められません。

だから、ここで覚えていただきたいのは一行だけです。

60歳になったら、もう一度だけ入口が開く。そのとき考えればいい。

ライフプランの作り方そのものについては、ライフプランは「人生の設計図×お金」——医師が実際に4ステップで作ってみた話に書きました。


AIに聞くと答えが割れる理由

冒頭に戻ります。この質問でAIの結論が割れるのは、AIが間違っているからではありません。前提を聞かずに答えるからです。

追納の損得は、少なくとも次の4つで変わります。

  1. その期間は未納か、承認を受けた免除か(未納なら追納自体ができない)
  2. 免除なら全額免除か、学生納付特例・納付猶予か(増える額が倍違う)
  3. 限界税率はいくらか(回収年数が3年近く動く)
  4. 誰が払うか(本人か、生計を一にする親か)

AIはこれを聞かずに、一般論として「約10年で元が取れます」と答えます。その一般論自体は正しい。ただし、あなたの数字ではありません。

別の記事AIは医師を置き換えるのかで、AIが得意な領域と苦手な領域について書きました。同じ構図がここにもあります。制度の一般論を整理するのはAIが得意。自分の場合どうなるかは、自分の記録を見ないと決まりません。

まず確認すべきは、ねんきん定期便かねんきんネットです。その期間が未納なのか、学生納付特例なのか。 そこが分からないまま調べても、答えは出ません。


追納が向く人、急がなくてよい人

結論を押しつけるつもりはありません。判断材料として整理します。

追納を前向きに考えてよさそうな場合

  • 期間が学生納付特例・納付猶予(全額免除より効率がよい)
  • 限界税率が高い、または生計を一にする高税率の親が払える
  • 承認から2年度以内で、加算額がまだ乗っていない
  • 長生きしたときの生活費が心配で、終身で増える収入に価値を感じる

急がなくてよい、あるいは他を優先してよさそうな場合

  • 手元の現金に余裕がなく、生活防衛資金が貯まっていない
  • 期間が全額免除で、増える額が半分になる
  • ほかに利率の高い借入がある(先に返すほうが確実です)
  • NISAやiDeCoの枠がまだ空いていて、そちらを優先したい

最後の点については、NISAだけでいい?iDeCoも併用?——分かれ道は「税率」と「出口」にも書いています。追納も「所得控除を使う」という点ではiDeCoと同じ性質を持っているので、控除枠全体をどう配分するかという視点で見ると整理しやすいと思います。


制度は分かりにくい。それでも金額を押さえておきたい理由

正直に書きます。この記事を書くのは、思ったより大変でした。

公式サイトを何ページも行き来して、ようやく数字が揃いました。しかも途中で、老齢基礎年金の満額を生年月日の違う人の額と取り違えていたことに気づいて直しています。そして最後まで分からなかったこともあります。60歳以降に厚生年金で働いた分が「経過的加算」でどこまで補われるのか、その計算式と上限は、公式ページに書かれていませんでした。

年金は、調べようとする人に対しても親切な制度ではありません。 そのうえ改正が続きます。「自分が払った分が、ちゃんと戻ってくるのだろうか」と感じるのは、自然なことだと思います。

ただ、ここは分けて考えたいところです。

「制度を信用できるか」という問いと、「自分がいくら受け取れるか」という問いは、別物です。

前者に確たる答えを出すのは難しい。でも後者は、今日ねんきんネットを開けば分かります

なぜ金額を知っておきたいのか

80歳、90歳まで生きたときのことを考えてみてください。

給与はありません。退職金も使い終わっているかもしれません。投資してきた資産は取り崩す一方で、残高は減っていきます。そのとき、毎月決まって入ってくるのは年金だけという状態になり得ます。

長生きは、それ自体は幸運なことです。ただしお金の面では、資産が尽きるリスクでもあります。そして、このリスクに備えられる仕組みは多くありません。死ぬまで途切れずに入り続けるお金というのは、公的年金以外にはなかなか作れないからです。

だからこそ、金額を正確に知る意味があります。

満額なら年847,300円。ここから61か月分が抜けると、年739,600円ほどになります。差は年およそ107,700円、月にすればおよそ9,000円です。

では、生涯でどれくらいの差になるのか。ここは慎重に書きます。何年受け取るかで、見え方がまったく変わるからです。

65歳から 何歳まで 差の累計
10年 75歳 約108万円
20年 85歳 約215万円
30年 95歳 約323万円

※この表の読み方 年107,700円に年数を掛けただけの、あくまで想定の数字です。実際の年金額は物価や賃金に応じて毎年改定されますし、受け取るときには税金や社会保険料も引かれます。この通りになるわけではありません。桁の感覚をつかむためのものとお考えください。

何年受け取れるかは、誰にも分かりません。参考までに、令和6年簡易生命表では65歳の人の平均余命は男性19.47年・女性24.38年です。平均的には、男性で85歳の手前、女性で89歳あたりということになります。

30年で300万円を超えると聞くと大きく感じますが、それは95歳まで生きた場合の話です。75歳までなら100万円ほどにとどまります。長生きするほど差が開く——これが年金という仕組みの性格そのものです。

80歳を過ぎてからの月9,000円は、40代の月9,000円とは重みが違います。 取り崩せる資産が細っているときに、終身で入り続けるお金が月9,000円多いか少ないかは、生活の質に直結します。

「年金なんてあてにならない」と切り捨ててしまうと、この計算そのものをしなくなります。制度への評価は保留にしたまま、金額だけは把握しておく——それくらいの距離感が、現実的だと思っています。


結局、20歳で決めるのは1つだけです

3つの話をしてきました。時間軸に並べ直します。

何を いつ決める 性質
申請 20歳のうちに(期限2年1か月) 判断ではなく手続き。お金は出ない
追納 承認から10年以内 判断。収入と税率が見えてからでいい
任意加入 60歳以降 判断。そのときのライフプラン次第

20歳の人が決めるべきことは、いちばん上の1つだけです。しかもそれは「決める」というより「出す」に近い。お金はかかりませんし、失うものもありません。

そして申請さえしておけば、万一のときの障害年金・遺族年金の保障がつき、追納の権利が10年残ります

つまり、こう言い換えられます。

学生納付特例は「払わない選択」ではありません。「決めるのを先送りできる権利」を確保する手続きです。

追納するかどうかは、働いて自分の税率と手元の現金が見えてから決めれば間に合います。任意加入するかどうかは、60歳になってから考えれば十分です。20歳の人に、40年先の判断は要求されていません。

要求されているのは、期限のあるものだけ、期限内に手を打つこと。それだけです。


おわりに

年金の話は、「破綻する」「払い損だ」という言葉とセットで語られがちです。その感覚を否定するつもりはありません。制度は複雑で、改正も続きますから。

ただ、損得を判断するにも、将来に備えるにも、まず制度が実際にどう作られているかを知る必要があります。未納と免除は別物であること。学生納付特例は申請した時点で障害年金・遺族年金の保障が効いていること。追納で増えるのは老齢基礎年金の額だけであること。増える額は期間の種類で倍違うこと。誰が払うかで実質負担が変わること。

どれも、調べれば公表されている情報です。そして調べる価値があるのは、期限があるからです。

ただ、期限があるのは手続きのほうだけで、判断のほうには期限がありません。追納には10年、任意加入は60歳から。どちらも、決められるようになってから決めれば間に合います。

お子さんが大学生、あるいは卒業して10年以内という方は、一度ねんきん定期便を見てみてください。払うかどうかは、そのあとで決められます。


参考情報源

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この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務・年金相談に代わるものではありません。制度の内容や金額は改正されることがあります。ご自身の納付記録と最新の制度については、ねんきんネット・年金事務所・税務署にご確認ください。

筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。

お金の勉強はリベラルアーツ大学(リベ大)を参考にしています。