医師向けの媒体で、こんな質問を見かけました。
「いくら貯めたら家を買えますか」
若い医師からの質問で、回答も複数ついていました。読んでいて感じたのは、質問した人への違和感ではありません。答えのほうが、そろって同じ方向を向いていたことのほうでした。年収の何倍まで借りられるか、フルローンで自己資金を残すべきか、住宅ローン減税を何年使うか——技術の話ばかりで、「そもそもどういう暮らしをしたいのか」から始まる回答は少数派でした。
医師は、お金の教育を受ける機会がほとんどないまま高収入になります。そのことを、あらためて突きつけられたように思いました。
そして自分自身を振り返って、ひとつ思い当たることがありました。筆者も、住宅ローンを組んだときには何も知らなかったのです。
この記事では、「お金の勉強はいつ始めるのが一番効くのか」を考えます。結論を先に書くと、筆者の答えは**「知識の種は早く渡し、本格的な実行は余裕ができてから」**です。
「早く始めるほど得」は、たしかに正しい
まず、こちらは動かしようのない事実です。
資産形成の効果は、運用に使える時間の長さに大きく左右されます。同じ金額・同じ利回りなら、20代から始めた人と40代から始めた人では、複利の効く期間が20年違う。これは努力や才能で埋められる差ではありません。
だから「若いうちから始めよう」という助言は正しい。ただし、それは続いた場合の話です。
それでも、早ければいいとは限らない
筆者が引っかかっているのは、ここです。お金の勉強を始める時期を、大きく3つに分けてみます。
| 始める時期 | 強み | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 働く前(学生時代) | 複利の効く時間が最も長い | 必要性を実感できず、途中でやめてしまう |
| 働き始めと同時 | 収入が発生し、実践できる | 職場で覚えることが多すぎて、時間が取れない |
| 働いて少し余裕ができた頃 | 必要性が切実で、動かせるお金もある | 複利の効く時間を何年か失っている |
学生時代に投資の本を読んでも、動かせるお金がありません。知識だけが先にあって使う場面がないと、たいていは忘れます。
働き始めた直後も、実は厳しい。医師で言えば研修医の時期です。覚えることが多すぎて、家計簿の付け方まで手が回りません。しかもこの時期がいちばん営業を受けやすい。不動産投資、節税を謳う保険、医師向けのローン——研修医になった瞬間から声がかかります。知識がないまま、収入だけが立ち上がる。もっとも危ない組み合わせです。
では、働いて少し余裕ができた頃はどうか。必要性が切実で、かつ動かせる資源がある。 モチベーションと実行可能性が、この時期に同時に立ちます。
筆者自身がその例です。夫婦のNISAの設計、iDeCoを増額するかどうかの試算、保険の整理、そして50代以降の働き方の設計。この1〜2年で一気に進みました。20代の自分に同じ本を渡しても、たぶん読まなかったと思います。
ただし、遅い開始には確実なコストがあります。 それが次の話です。
筆者の場合:住宅ローンを組んだとき、知らなかったこと
筆者の住宅ローンは、こういう条件です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 金利タイプ | 全期間固定 1.450% |
| 特約 | 3大疾病団信(+0.15%) |
| 返済額の対収入比 | 約8% |
| 完済予定 | 2037年3月 |
| 住宅ローン控除 | 受けていない |
10年固定で1.0%という選択肢もありましたが、採りませんでした。住宅ローン控除を受けていないのは、新築時のローンを途中で引き継いだためです。
正直に書きます。ローンを組む前にお金の勉強をしていたら、いまのローンは組んでいません。 団信も付けず、掛け捨ての生命保険で代用していたはずです。3大疾病団信の+0.15%は、返済期間を通して払い続ける保険料と同じですから、同等の保障を掛け捨てで買えるなら、そちらのほうが安く済んだ可能性があります。
これは後悔として書いているのではありません。知らない時期に決めたことは、あとから直せないものがある——その実例として書いています。
それでも、いまのローンは組み替えません
ここが大事なところです。
団信を外すには借り換えが必要です。そして借り換えれば、全期間固定1.450%という条件を手放すことになります。金利が上がっている局面で、この条件を捨てて再調達するのは合理的ではありません。
つまり、過去の判断としては最適でなかったけれど、これからの判断としては現状維持が正解、という状態です。
お金の見直しをしていると、こういう場面によく出会います。「あのとき知っていれば」と「いま変えるべきか」は、まったく別の問いです。前者の答えが「変えていた」でも、後者の答えが「変えない」になることは珍しくありません。
「ローンを軽くした」ことだけは、結果的に効いている
知らずに決めたことばかりだったのですが、ひとつだけ、いま効いている判断があります。
借入額を抑えたことです。返済額は収入の8%程度に収まっています。
これがどう効くか。働き方を変える自由度として効きます。
50代半ばで勤務を減らし、収入が下がる——そういう選択を検討できるのは、固定費が軽いからです。毎月の返済が収入の2割、3割を占めていたら、同じことは考えられません。収入を下げられないので、体力が落ちても同じ働き方を続けるしかない。
医師向けの住宅購入の議論では、「年収の5〜6倍までは借りられる」という目安がよく出てきます。しかしこれは金融機関が貸せる額であって、無理なく返せる額ではありません。しかも医師の収入は、勤務先の変更や役割の変化で動きます。「ローン期間中ずっと同じ報酬を得られる前提」で組むと、その前提が崩れたときに逃げ場がなくなります。
住宅ローンは、住宅の問題であると同時に、その後20年、30年の働き方の自由度を決める契約でもあります。そう考える人がいてもいいはずですが、筆者が読んだ議論の中に、この視点はほとんどありませんでした。
学校で金融教育が始まった——ただし「早く教える」と「身につく」は別
最近、こういう課題があることを知りました。高校の夏休みの宿題で、バーチャルの資金500万円を使って株を売買するというものです。
金融教育が学校に入ったこと自体は、前進だと思います。筆者の世代は、誰からも何も教わりませんでした。
ただ、筆者の持論からすると、高校生の段階で「腹落ち」まで狙うのは難しいと思っています。必要性を実感しないまま与えられた知識は、定着しにくい。
課題を出す側は「短期売買の難しさを体感して、だから長期・積立・分散なのだと分かってくれたら成功」と考えているのでしょう。それは正しい設計です。ただし、うまくいかない場合があります。
勝ってしまったときが、いちばん危ない
数週間の売買で、たまたま利益が出ることは普通にあります。そのとき生徒が持ち帰るのは、「短期売買は難しい」ではなく**「短期売買は儲かる」**です。しかもそれを、学校のお墨付きで持ち帰ることになります。
もしご家庭でこの手の課題に付き合うことがあれば、ひとつだけ有効な方法があります。
買う前に「なぜこの銘柄を選んだのか」を書かせておく。 そして結果が出たあとで、「その理由が当たったのか、それとも運だったのか」を分けて振り返る。
儲かったかどうかではなく、理由が機能したかどうかを見る。これを一度やっておくと、「勝った=自分の判断が正しかった」という誤解を防げます。
答え:種は早く、実行は余裕ができてから
ここまでを整理すると、こうなります。
- 複利の効く時間は長いほどよい。これは動かない
- しかし必要性を感じない時期の学習は、定着しにくい
- 働き始めた直後は、時間がなく、しかも営業を受けやすい
- 必要性と資源がそろうのは、働いて少し余裕ができた頃
だから筆者の答えは、**「知識の種は早く渡し、本格的な実行は余裕ができてから」**です。
子どもに対しても同じ方針です。「いま投資を始めろ」ではありません。「お金の勉強は、いつか必ず必要になる。そのときに、この考え方を思い出せ」——渡すのはこの入口だけでいい。実際に効くのは、働き始めて数年経ってからで構わないと考えています。
学校の課題も、この位置づけなら意味があります。腹落ちさせる装置ではなく、10年後に思い出せるフックを置く装置として。
もし自分が若い人に一言だけ渡せるとしたら、これにします。
即決するな。一度持ち帰れ。
不動産投資でも、保険でも、ローンでも。これだけで防げる事故がかなりあります。
ただし、ひとつだけ「今すぐ」がある——学生納付特例
「実行は余裕ができてから」と書きましたが、これだけは例外です。期限があり、過ぎると取り返せません。
学生には、国民年金保険料の納付を猶予する学生納付特例制度があります。ここで知っておいてほしいのは、次の3点です。
① 所得を見るのは、学生本人だけです。
日本年金機構は所得基準を「申請者本人のみ」と明記しており、さらに「なお、家族の方の所得の多寡は問いません」と書いています。基準は「128万円+扶養親族等の数×38万円+社会保険料控除等」。
親の収入が高い家庭ほど「うちは対象外だろう」と思い込みがちですが、親の所得は関係ありません。ここを誤解して申請しないままの人がいます。
② 申請しないまま2年を過ぎると、さかのぼれなくなります。
さかのぼって申請できるのは「申請時点から2年1カ月前までの期間」です。それより前は未納として確定します。
学生期間の長い学部——医学部なら20歳から卒業まで5年前後——では、対象になる月数が大きくなります。そして「お金の勉強をしないと」と思うのは、たいてい働き始めて数年経ってからです。そのときには、もう期限が来ています。
③ 承認されていれば、あとから10年以内に納められます。
承認を受けた期間は「10年以内であれば保険料をさかのぼって納めること(追納)ができます」。つまり申請さえ通しておけば、余裕ができてから判断すればいい。
しかも生計を一にしている間に親が払えば、親の社会保険料控除になります。学生本人より親のほうが税率が高いのが普通ですから、家族全体で見たときの効率が変わります。子どもから親にこの話を持ちかけるきっかけにもなります。
④ そして、申請した時点ですでに効いている保障があります。
ここがいちばん誤解されやすいところです。承認を受けた期間は「保険料納付済期間と同様に」障害基礎年金・遺族基礎年金の受給要件の対象期間になります。在学中に万一のことがあっても、保険料を払っていた人と同じ扱いで判定されるということです。未納だとこれが得られません。
一方で、老齢基礎年金については「受給資格期間には含まれるが、額の計算の対象となる期間には含まれない」とされています。つまり追納で増えるのは、老後にもらう年金額だけ。万一のときの保障は、追納しなくてもすでに働いています。
申請は今すぐ。納付は後から。 この順番だけは、覚えておいて損がありません。
追納をするべきかどうか、いくら増えてどのくらいで元が取れるのかは、別の記事にまとめました。 → 学生時代の年金、追納すべきか——「約10年で元が取れる」の中身を数字で開ける
おわりに
「お金の勉強はいつ始めるべきか」に、万人共通の正解はないと思います。学生のうちに始めて続けられる人もいます。それは素晴らしいことです。
ただ、続かなかった自分を責める必要はない、とも思っています。必要性を感じない時期に続かないのは、意志が弱いからではなく、そういうものだからです。
筆者は遅れて始めました。住宅ローンでは、知らないまま決めたことがあります。それでも、いまからの判断は、いまの知識でできます。過去に戻れないことと、これから決められることは、別の話です。
いま何も勉強していないとしても、それが手遅れという意味にはなりません。必要だと感じたときが、あなたにとって一番効く時期なのだと思います。
参考情報
- 日本年金機構「学生納付特例制度」(所得基準の計算式、申請できる期間、追納できる期間)
- 日本年金機構「国民年金保険料の追納制度」(10年以内の追納、加算額の扱い、申込みの時期の注意)
- 金融庁「高校向け 金融経済教育指導教材の公表について」(高校の新学習指導要領に対応した指導教材)
- 国税庁「No.1213 住宅を新築又は新築住宅を取得した場合(住宅借入金等特別控除)」(住宅ローン控除の適用要件・所得要件)
なお、冒頭で触れた住宅購入をめぐる議論は、医師向け媒体でのやりとりをもとに、筆者自身の経験を加えて整理したものです。
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この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の金融商品の推奨や、投資・借入の助言を行うものではありません。制度の内容や要件は改正されることがあるため、最新の情報は各公的機関の案内をご確認ください。住宅ローン・保険・年金の個別の判断については、それぞれの窓口や専門家にご相談ください。
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。
お金の勉強はリベラルアーツ大学(リベ大)を参考にしています。