医療の制度について、これまで4本書いてきました。

今回は破傷風です。

破傷風というと、「錆びた釘を踏むとなる病気」と覚えている方が多いと思います。でも、危ないのは錆ではありません。釘についた土です。

この記事では、国の統計と、土の中の菌を実際に調べた研究をもとに、次の3つを整理します。

  1. 破傷風は、都道府県によって発生率が10倍以上違う
  2. 差を生んでいるのは、土に触れる暮らしと、ワクチンを受けていない世代
  3. その2つが同じ人に重なるとき、けがをしたらどうするか

HPVワクチンの記事でも都道府県の差を扱いましたが、あちらは接種率の差でした。破傷風は発症率の差です。そして、HPVワクチンのような「打つ・打たない」の議論はありません。論争がないまま、忘れられている病気です。


1. どれくらいの病気か

破傷風は、診断した医師に届出が義務づけられている感染症です。届出数は次のとおりです。

年 2019 2020 2021 2022 2023 2024
全国の届出数 126例 105例 93例 96例 109例 86例

国立健康危機管理研究機構(JIHS)の解説では「最近は年間約100例」とされています。

人口1億2,000万人あまりの国で年に100例前後。めったにない病気です。ただし、かかると重い病気でもあります。

  • 全身に症状が出るタイプ(破傷風の8割以上)の致死率は10〜20%
  • 2012〜2018年の破傷風による死亡は年5〜9人
  • のどや呼吸の筋肉がけいれんするため、多くは人工呼吸器での管理が必要になる

最初の症状は「口が開きにくい」ことが多いとされています。意識ははっきりしたまま、痛みを伴う筋肉のけいれんが起こります。

そしてもう一つ、大事な性質があります。破傷風にかかっても、免疫はつきません。 治ったあとにも、ワクチンが必要です。


2. 都道府県で11倍の開き

JIHSの年報には、都道府県別の届出数が載っています。2021〜2024年の4年分(全国で計384例)を、人口10万人あたりの1年の発生率にしました。

発生率が高い県

順位 都道府県 4年間の届出数 発生率(人口10万対・年)
1 宮崎県 16例 0.387
2 徳島県 7例 0.255
3 大分県 10例 0.230
4 高知県 6例 0.229
5 和歌山県 7例 0.199
6 鹿児島県 10例 0.163

発生率が低い県

都道府県 4年間の届出数 発生率(人口10万対・年)
東京都 20例 0.035
福島県 2例 0.029
山形県 1例 0.025
大阪府 8例 0.023
石川県 1例 0.023

全国平均は0.078です。1位の宮崎県と東京都では、およそ11倍の差があります。

ただし、数そのものは小さいことに注意してください。1位の宮崎県でも、4年で16例、つまり年に4例ほどです。

数が小さいと、偶然で大きく上下します。そこで、「全国平均どおりなら何例になるはずか」と比べてみました(筆者の計算です)。

都道府県 全国平均どおりなら(4年間) 実際 偶然で説明できるか
宮崎県 約3.2例 16例 できない(偶然でここまで多くなる確率は1万分の1未満)
山形県 約3.1例 1例 できる(偶然でこれ以下になる確率は約18%)

つまり、多い側の差は本物で、少ない側の差は偶然の範囲かもしれません。「山形県はなぜ少ないのか」には、このデータでは答えられません。

地域でまとめると、四国は全国平均の2.1倍、九州・沖縄は1.6倍です。ただし九州の中でも、宮崎・大分・鹿児島が上位にある一方、福岡・熊本は全国平均を下回っています。地方ならどこでも多い、というわけではありません。


3. 錆びた釘ではなく、土

では、なぜ差がつくのか。まず、菌がどこにいるかを見ます。

破傷風菌は、酸素があると増えられない菌です。ふだんは芽胞という硬い殻に包まれた状態で、世界中の土の中にいます。土で汚れた傷から入り込み、傷の奥の酸素が届かないところで増えて、毒素を出します。

日本の土を実際に調べた研究が、少なくとも3つあります。

① 1986年の調査(海老沢功ら)

各地の土100検体のうち、51検体から破傷風菌またはその毒素が見つかりました。場所による差がはっきりしています。

土を採った場所 見つかった割合
池や川の岸辺、畑や田 85%
一般の民家や農家の庭 53%
学校や病院の敷地 30%

この研究では、乾いた土1mgから10株の菌が分離されています。1mgは、指先にのる土のさらにごく一部です。傷口に入るほんのわずかな土でも、菌は十分にいるということです。

「錆びた釘」が危ないと言われるのは、錆そのもののせいではありません。屋外に落ちている釘には土がついていて、しかも刺し傷は深く、奥に空気が届かない。菌が増えやすい条件がそろうからです。

② 2006年の調査(相模原周辺・羽根田淳ら)

35検体のうち8検体(22.9%)から見つかりました。市街地の民家の庭や畑からは見つからず、陽性は山間部に偏っていました。

③ 2023年の調査(熊本県・Shitadaら)

県内46地点のうち**33地点(71.7%)**で破傷風菌が見つかり、151株が分離されました。

ここで一つ、矛盾があります

熊本県の土の7割の地点に菌がいる。それなのに、熊本県の破傷風の発生率は0.074で、全国平均(0.078)とほぼ同じです(47都道府県で30位)。

菌がいるかどうかだけでは、県ごとの差は説明できません。

効いているのは、「菌がいるか」ではなく、菌がいる土に、どれだけ触れる暮らしをしているかだと考えられます。1986年の調査で田畑や岸辺の土に菌が多かったこと、2006年の調査で市街地からは見つからなかったことも、この見方と合います。


4. 患者のほとんどは、ワクチンを受けていない世代

もう一つの要因は、年齢です。

2021〜2024年に届出のあった384例を年齢別にまとめました。

年齢 届出数 割合
19歳以下 3例 0.8%
20〜54歳 41例 10.7%
55〜69歳 79例 20.6%
70歳以上 261例 68.0%

55歳以上が88.5% を占めます。

なぜ高齢の方に偏るのか。答えはワクチンの歴史にあります。

日本で、破傷風を含む三種混合ワクチン(DPT)が定期接種になったのは1968年です。それより前に生まれた人の多くは、子どものころに破傷風のワクチンを受けていません。

これを裏づけるデータがあります。国が毎年行っている血液検査の調査(感染症流行予測調査)で、発症を防ぐのに必要な量の抗体を持っている人の割合を年齢別に見たものです(2025年度・暫定値)。

年齢 調べた人数 抗体を持っている人
20〜54歳 578人 95.5%
55〜56歳 15人 86.7%
57〜59歳 25人 36.0%
60〜64歳 29人 17.2%
70歳以上 45人 13.3%

57歳前後で、崖のように落ちています。 2025年度に57歳の人は、1968年前後の生まれです。定期接種の始まりと、ぴったり重なります。

なお、55歳以上は調べた人数が少ないので、1歳ごとの数字は大きくぶれます(たとえば65〜69歳は14人しか調べていません)。それでも、「50代後半を境に、抗体を持っている人が大きく減る」という形ははっきりしています。


5. 2つの要因は、同じ人に重なる

ここまでの話をまとめます。

  • 菌がいるのは土。とくに田畑や岸辺。触れる機会が多い人ほど危ない
  • 免疫がないのは、1968年ごろより前に生まれた世代

この2つは、別々の人の話ではありません。田畑や山で働き続けている高齢の方には、両方が当てはまります。発生率の上位に、西日本の農林業が盛んな県が並ぶのは、このためだと考えられます。

筆者が47都道府県の数字で確かめたところ、農林水産業で働く人の割合が高い県ほど、破傷風の発生率も高いという傾向がありました(相関係数0.49)。高齢化率も同じように関係していましたが、2つを同時に考えると、農林水産業の割合のほうの関係が残り、高齢化率の関係はほとんど消えました。「高齢者が多いから」だけでは説明しきれず、「土に触れる仕事」が効いている可能性があります。

東京都の中でも、23区より多摩地域のほうが発生率は高めでした(多摩は23区の約1.9倍)。ただし、都内の4年間の届出は20例しかなく、統計的に意味のある差とは言えません。

このデータで言えないこと

  • 土の中の菌の調査と、発生率を直接つないだ研究は見つけられませんでした。この記事は、別々の研究がそれぞれ示していることを並べたものです
  • 「農林水産業の割合」は、県全体の数字です。破傷風になった人が実際に土に触れる仕事をしていたかどうかは、届出の統計からは分かりません
  • 発生率が低い県の理由は、説明できません(偶然の範囲に収まるため)

6. けがをしたら——ワクチンより先に、傷の手当て

破傷風の予防というと、ワクチンの話になりがちです。でも、けがをしたときに最初にやることは、ワクチンではありません。

傷を洗うことです。

JIHSの解説でも、けがの手当てとしての破傷風予防は、まず次の順番で書かれています。

  1. 傷の状態を確かめる
  2. 傷を洗い、泥や異物を取り除き、傷んだ組織を取り除く
  3. そのうえで、ワクチンの接種歴を確かめ、接種するかどうかを決める

菌は、酸素の届かない傷の奥で増えます。土を残さない、奥に閉じ込めない。これが、ワクチンより前にできる予防です。

破傷風になりやすい傷

JIHSは、次のような傷を破傷風を起こしやすい傷として挙げています。

  • 土などで汚れた傷
  • 傷んだ組織(壊死した組織)がある傷
  • 凍傷、やけど
  • 挫滅(つぶれた傷)、剥離(はがれた傷)

畑仕事や庭仕事、山や川でのけが、屋外で釘などを踏んだ刺し傷——こうした傷は、小さく見えても医療機関で相談する理由になります。刺し傷は、入口が小さくても奥が深いことがあります。

ただし、「この項目がいくつ当てはまれば危ない」というはっきりした線引きはありません。迷ったら、相談してください。

受診したら、接種歴を聞かれます

医療機関では、「破傷風のワクチンをいつ、何回受けたか」を聞かれます。覚えていない方がほとんどだと思います。

分からなければ、「分からない」と答えて大丈夫です。 JIHSの解説では、接種歴が分からない場合は「受けていない」として扱うとされています。分からないことで不利になるわけではなく、安全な側で判断されるということです。

JIHSの解説による、けがをしたときの判断の目安は次のとおりです。

破傷風になりにくい傷 破傷風になりやすい傷
子どものころの3回の接種を済ませていて、最後の接種から期間が短い 10年以内なら追加は不要 5年以内なら追加は不要
子どものころの3回の接種を済ませているが、最後の接種から期間がたっている 10年以上なら1回追加 5年以上なら1回追加
接種していない/分からない 接種を勧められる ワクチン(3回)に加えて、抗破傷風人免疫グロブリンを注射

抗破傷風人免疫グロブリンは、破傷風に免疫のある人の血液から作った薬で、すぐに効く抗体を外から補うものです。ワクチンは自分の体に抗体を作らせるので、効くまでに時間がかかります。その間をつなぐのがグロブリンです。


7. 勧められたときに、知っておくこと

50代前半までの方

定期接種の最後(2期)は11〜12歳です。そこから10年以上たつので、20代以降の方は、けがの程度によってはワクチンを1回勧められることになります。

一方で、先ほどの調査では、20〜54歳の95.5%が抗体を持っていました。つまり、多くの方は「免疫が切れている」わけではありません。「10年」「5年」というのは、一人ひとりの抗体の量を測らずに安全側で判断するための目安です。

勧められたら、1回の接種で済むのがふつうです。

50代後半より上の方

こちらは事情が違います。

1968年ごろより前に生まれた方の多くは、子どものころに3回の接種を受けていません。この場合、JIHSの解説では、

  • 3〜8週あけて2回接種し、
  • その6〜18か月後に1回追加する

という計3回の接種が示されています。

けがのときに1回打って終わり、ではないということです。2回目・3回目は、傷が治ってから自分で予定を立てて受けに行く必要があります。けがの処置で1回目を受けた方は、2回目をいつ受ければよいか、その場で聞いておくと確実です。

記録を残しておく

JIHSの解説は、自分や家族がいつ何回接種を受けたかを記録しておくことも勧めています。母子手帳が残っていれば、子どものころの接種歴はそこで分かります。大人になってから受けた分は、お薬手帳などに書いておくと、次にけがをしたときに役立ちます。


おわりに

破傷風は、めったにない病気です。年に100例前後、その多くは70歳以上の方です。

それでも、かかると重く、自然には免疫がつかず、菌は身近な土の中にいる。そして、免疫を持っていない世代と、土に触れる暮らしをしている人は、同じ人であることが少なくありません。

土で汚れた傷、深い刺し傷を負ったら、まず洗う。そして、迷ったら医療機関で相談する。そこで破傷風のワクチンを勧められたら、断る理由は多くないと筆者は考えています。とくに50代後半より上の方は、1回で終わりではなく、3回で完成することを覚えておいてください。


参考情報

都道府県別の発生率・期待値・相関は、上記の年報と人口推計をもとに筆者が計算したものです。東京都内の比較は、東京都感染症情報センター「東京都感染症発生動向調査事業報告書」の保健所別報告数(2021〜2024年)と、東京都の推計人口から計算しました。

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この記事は、破傷風とその予防についての一般的な情報をまとめたものです。届出数・抗体保有率は記事執筆時点で公表されている数値で、抗体保有率は暫定値です。けがの処置やワクチン接種が必要かどうかは、傷の状態や接種歴によって異なります。実際の判断は、受診した医療機関の医師にご相談ください。

筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。