医師が、40歳を超えても全国大会に出続ける話

サッカーを始めたのは5歳のときだった。 小学校のグラウンドで練習していた地域のチームに入り、気づけば40年が経った。今も地方のO-40チームで、ピッチに立ち続けている。 プロにはなれなかった。全国大会に出たこともなかった。でも40歳を超えた今、全国大会に出られるようになった。遠回りもしてきたし、一度サッカーを辞めた時期もある。それでも続けてきた40年を、少し書いてみようと思う。 千葉市のグラウンドで 7つ上の兄も同じチームにいた。だが兄が中学に進むと卒団してしまい、一緒にプレーできたことは一度もなかった。 ポジションはFW。点を取ることが好きだった。 小学4・5年生のとき、チームは千葉県大会で準優勝と3位に入った。千葉といえばサッカーどころだ。その中での入賞は、子どもながらに誇らしかった。 しかし小6の大会は途中で負けた。全日本少年サッカー大会には出られなかった。 その大会が終わった直後、ジェフ千葉(当時のジェフユナイテッド市原)のジュニアユースセレクションを受けた。同じチームの同級生も受けた。その子は合格した。私は落ちた。 中学——ポジションが下がっていった時期 地域のリーグ戦で一緒に戦っていた近くの中学校が、全国中学校サッカー大会(全中)で優勝している。私が通ったのは、別の中学だった。 FWとして入ったが、チームの最適解を探すうちにポジションがどんどん下がっていき、最終的にはセンターバックをやっていた。 千葉市のトレセン(トレーニングセンター)には参加していたが、Bチームだった。トレセンで一緒だったメンバーの中に、市立船橋高校(市船)に進んだ選手がいたと記憶している。 高校——10番と、翌日の渡米 千葉の進学校に進み、サッカー部に入った。1年生で公式戦のメンバーには入ったが、試合には出られなかった。 3年生が8月に引退すると、そこから試合に出続けた。最上級生になってから10番をもらった。 高校3年の選手権予選。8月2日か3日、ベスト16をかけた試合があった。勝った。そして翌日、交換留学生としてテキサス州へ旅立った。約1年間の留学だった。 10月にベスト16の試合があったが、私はすでにアメリカにいた。チームメイトたちがその試合を戦い、負けてしまったと後から聞いた。もし勝っていれば、次の相手は市立船橋だったらしい。 留学中もサッカーで交流 アメリカでも学校のサッカーチームに入れてもらった。 当時のアメリカはサッカー大国ではなかったが、システムはしっかりしていた。大会もあり、ヒスパニック系の上手い選手もいた。 チームに入って間もなく、監督に10番を希望した。監督が本来その番号を予定していた選手を説得してくれて、10番をもらうことができた。 大会では、ハーフラインからシュートを決めたのを覚えている。勝ち上がる中で、プロ並みに速い選手とも対戦した。その選手がプロになったかどうかは分からない。 右膝を捻挫して、しばらくリハビリになった。そのリハビリを担当してくれたのが、同じ高校生だったことに驚いた。アメフトや野球で積み上げてきたスポーツ医学の知見がサッカーにも応用されていた。当時は「そういうものか」と思っただけだったが、医師になった今振り返ると、日本よりずっと進んでいたと感じる。 医学部とサッカー部 帰国後、半年の受験勉強を経て医学部に入った。その間はサッカーをしていない。1日10時間以上勉強していた時期だ。 医学部に入ってすぐサッカー部に入った。地域リーグ、西日本医科学生体育大会(西医体)、全日本医科学生体育大会(全医体)と、毎年試合があった。 西医体での最高成績は4位。全医体への出場資格は西医体の成績順に与えられるが、上位校が辞退したおかげで出場できた大会があり、そこで3位になった。 正直に言う。医学部のサッカーは、決してレベルが高いわけではない。その環境の中で「自分より上手い」と感じたのは2人だけだった。3つ上の先輩と、全医体で対戦した元ヴェルディユース出身の選手。 それが私のサッカーの天井だった。 地域リーグと、サッカーが簡単に感じられた日々 医学部6年の8月、西医体を最後にサッカー部を引退した。同じ夏、あの先輩が所属していた社会人チームに移籍させてもらった。そのまま研修医2年間も所属し続けた。そのチームは地域のリーグに所属していた。背番号は28番。 自分より上手い選手がほとんどだった。 不思議なことに、うまい選手に囲まれると、サッカーがこんなにも簡単なのかと思わせてくれる。正確なパスが来る。動き出す前にスペースがある。混乱する前にボールが動いている。 リーグ最下位として臨んだ入れ替え戦の相手は、県リーグから昇格を狙うJリーグクラブのサブチームだった。試合には負けて、チームは県リーグへ降格した。 それでも、研修医2年間のあの日々は、年齢制限のないカテゴリーで経験した中でいちばん充実していた。 離脱、そして再び 3年目から外科の専攻医になった。手術室に入り、病棟を走り回る日々。サッカーをする時間も体力も、残らなかった。一旦、辞めることにした。 しばらくしてから、健康のために体を動かすことを勧められた。サッカーなら楽しく続けられる。以前所属していたチームに連絡すると、再登録を受け入れてもらえた。 40歳からの全国大会 39歳でシニアサッカーのO-40カテゴリーに登録した。40歳以上の選手で編成されるチームで、県リーグから地方予選を経てJFA主催の全国大会がある。 マスターズ(35歳以上)の大会にも並行して参加し、全国大会も経験した。チームへの貢献はわずかだったが。 今のチームで全国大会はこれまでに3回出場した。背番号は11番。ポジションはサイドバック。 なぜサイドバックかというと、他のポジションは自分より上手い人がいるから、出られるポジションがそこしか残っていないのだ。 内田篤人選手や駒野友一選手、ダニ・アウベスやマルセロのような、試合を作れるサイドバックの選手たちを見ていると、このポジションにも素敵な景色があることは分かる。それでも、やっぱり中央の選手に戻りたいと思うことがある。 40年続けてきて思うこと ジェフのセレクションに落ちた。地域リーグでは降格した。全国大会で活躍できたわけでもない。 それでも、サッカーをやめなかった。 医学部の6年間、研修医の2年間、外科専攻医として多忙だった時期、体調を崩して立ち止まった時期——それぞれの時代にサッカーがあった。あるときは成長を感じる場所として、あるときは心の支えとして。 40年経った今、全国大会のピッチに立てている。プロにはなれなかったが、それでいいと思っている。 現役でサッカーをしている医師がいる、ということを知るきっかけになれば嬉しい。 筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。5歳からサッカーを続けて今もO-40の全国大会に出場中。

April 28, 2026 · 1 min

「AIに仕事を奪われる」と心配する子どもに——医師20年目が伝えたいこと

「せっかく仕事を選んでも、AIに奪われたらどうしたらいいの?」 最近、そんな言葉を聞く機会が増えました。高校生や中学生の子どもたちが、進路を考えながら抱く不安です。 医師として20年、診察室でも同じような言葉を耳にします。がん治療中の患者さんが「私がいなくなった後、子どもが生きていける社会なのか心配で」と話してくれることがあります。その言葉の重さを受け止めながら、私自身も医師として、そして一人の親として、この問いをずっと考えてきました。 医療現場にもAIはやってきた まず、私が働く医療現場の話をさせてください。 乳がんの診断には、マンモグラフィや超音波検査の画像を読むスキルが欠かせません。近年、この画像診断をAIが支援するシステムが急速に普及しています。電子カルテへの入力補助、問診の自動化、病理画像の解析——医療の現場でも、AIはすでに「使うもの」になっています。 では、医師は必要なくなるのか? 私はそう思いません。AIが得意なのは、大量のデータからパターンを見つけることです。しかし、目の前の患者さんが「どう生きたいか」を聞き、そこに寄り添う判断はAIにはできません。がんの告知の場面で、患者さんの表情を読みながら言葉を選ぶのも、深夜に急変した患者さんの家族に電話をかけるのも、人間にしかできない仕事です。 AIは道具です。聴診器が登場したとき、レントゲンが登場したとき、医師の仕事は消えませんでした。むしろ、より多くの患者さんを助けられるようになりました。 「どの仕事が残るか」は誰にも分からない 子どもたちが心配するのは自然なことです。でも、正直に言えば、10年後・20年後にどの職業が残っているかは、私にも、AIの専門家にも、誰にも正確には分かりません。 医師になった20年前、私はスマートフォンもSNSも知りませんでした。当時「Webライター」や「YouTuber」という職業を知っている人はほとんどいなかったはずです。逆に、銀行の窓口業務や旅行代理店のカウンター業務は、当時の水準より大幅に縮小しています。 変化を予測することより、変化に対応できる力を育てることの方が、ずっと重要だと私は考えています。 変化に強い人が持っている3つのもの 私が診てきた患者さんや、同僚の医師たちを見ていて感じることがあります。時代が変わっても活躍している人には、共通するものがあります。 1. 学び続ける姿勢 資格を取ったら終わり、ではない人たちです。新しい治療法が出れば勉強する、AIが使えると聞けば試してみる。「まず触ってみる」という好奇心が、変化への対応力を生みます。 2. 「人の困りごとを解決する」という感覚 仕事の本質は、誰かの困りごとを解決してお金をいただくことです。これはAIが登場しても変わりません。診察室でも、学校でも、会社でも、「この人が何に困っているか」を感じ取る力が、あらゆる仕事の核心にあります。 3. コミュニケーションの力 医療の世界では特に感じます。知識や技術が同じでも、患者さんや家族、チームのメンバーと信頼関係を築ける人と、そうでない人では、仕事の質も広がり方も違います。AIに最も難しいのが、人と人の間に生まれる信頼の構築です。 「好きなこと」を軸にしていい理由 進路相談でよく聞かれます。「安定している職業を選んだ方がいいですか?」 私の答えはいつも同じです。「続けられることを選んでほしい」。 どんな仕事も、長く続けて初めて深みが出ます。好きではないことを続けるのは、精神的なコストが高い。AIに仕事を奪われる心配より、「嫌いな仕事を10年続けた先に何があるか」の方が、私は心配です。 20年間、乳がんの患者さんと向き合ってきました。終末期の患者さんと話すとき、後悔の言葉として「もっと好きなことをやればよかった」は、何度聞いたか分かりません。「安定を選んで良かった」という言葉は、ほとんど聞いたことがありません。 親として伝えられること 子どもの不安を受け止めながら、私たち親ができることは何でしょうか。 「AIが来ても大丈夫な職業を選びなさい」と言うより、「自分が続けられることを探しなさい、そしてそのために学び続けなさい」と伝える方が、ずっと誠実だと思っています。 進路は一度決めたら変えられないものではありません。私自身、外科医から乳腺専門医へ、そして緩和ケアへと、重点は少しずつ変わってきました。入口が違っても、途中で方向を変えることはいつでもできます。 AIという道具を使いこなしながら、人の役に立ち続けること——それが、これからの時代を生きる力だと私は信じています。 筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。

April 27, 2026 · 1 min

病理結果の「ER・HER2・Ki67」って何?——数字に振り回されないために知っておきたいこと

「ホルモン受容体陽性、HER2陰性、Ki67が28%でした」——そう言われても、何がどう重要なのか、すぐには理解しにくいと思います。 病理検査の結果は、乳がんの「性格」を示す情報です。この数字の組み合わせによって、どんな治療が必要かが決まります。数字に振り回されるのではなく、「自分のがんがどういう性格か」を理解するための道具として使ってほしいと思い、この記事を書きました。 1. ホルモン受容体(ER・PgR)——女性ホルモンで育つがんかどうか **ER(エストロゲン受容体)とPgR(プロゲステロン受容体)**は、がん細胞が女性ホルモンを使って増殖するかどうかを示します。 陽性:がん細胞がホルモンを「エサ」にして育つタイプ 陰性:ホルモンとは関係なく増殖するタイプ 陽性だと何が変わるか? ホルモン受容体陽性の乳がんには、ホルモン療法が使えます。タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬などが代表的です。ホルモンをブロックすることでがん細胞の増殖を抑える治療で、多くの場合5〜10年間続けます。 受容体陽性の乳がんは一般に「おとなしい」性格のことが多く、予後も比較的良好です。 参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html#nature) 2. HER2——増殖スイッチが過剰にあるかどうか **HER2(ハーツー)**は、細胞の表面にある増殖のスイッチのようなタンパク質です。正常な細胞にも存在しますが、乳がんの約15〜20%ではこのスイッチが過剰に作られます。 陽性(3+、またはFISH陽性):スイッチが多すぎて、細胞が活発に増殖しやすい 陰性(0・1+):スイッチの量は正常範囲 陽性だと何が変わるか? HER2陽性の乳がんには、抗HER2薬(トラスツズマブ〈ハーセプチン〉など)が使えます。このスイッチをピンポイントで狙い撃ちにする治療で、登場する前と後で予後が大きく変わった薬です。 陽性だからといって必ずしも予後が悪いわけではなく、適切な治療を受けることで転帰が改善します。 参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html#nature) 3. Ki67——がん細胞がどれくらいのスピードで増えているか **Ki67(ケイアイろくじゅうなな)**は、がん細胞の「増殖スピード」を示す指標です。増殖中の細胞にしか現れないタンパク質で、全がん細胞のうち何%の細胞が今まさに分裂しているかを示します。 高値(目安:25%以上):増殖が速い、悪性度が高い傾向 低値(目安:25%未満):増殖がゆっくり、おとなしい傾向 重要な注意点:Ki67には明確な「正常値」がありません。25%という数字はよく使われる目安ですが、施設によって判定方法が異なり、同じ数字でも解釈に幅があります。Ki67単独で一喜一憂するのではなく、ER・HER2との組み合わせで判断することが重要です。 参考情報源:日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン2022年版 FRQ1「浸潤性乳癌におけるKi67評価はどのような症例に勧められるか?」(2022年11月17日公開、https://jbcs.xsrv.jp/guideline/2022/b_index/frq1/) 4. 組み合わせで決まる「サブタイプ」 ER・HER2・Ki67の3つを組み合わせると、乳がんは大きく4つの「サブタイプ」に分類されます。治療方針はこのサブタイプをベースに決まります。 サブタイプ ER/PgR HER2 Ki67 主な治療 Luminal A型 ○ ✗ ↓ ホルモン療法が中心 Luminal B型 ○ ✗ ↑ ホルモン療法+化学療法 HER2型 ✗ ○ — 抗HER2薬+化学療法 トリプルネガティブ型 ✗ ✗ ↑ 化学療法・免疫療法 Luminal A型は最も「おとなしい」タイプで予後が良好なことが多く、トリプルネガティブ型は治療の選択肢が限られていましたが、近年は免疫チェックポイント阻害薬など新しい治療薬が加わっています(→「トリプルネガティブ乳がん」と言われたら)。 参考情報源:国立がん研究センター東病院「乳がんについて」(https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/clinic/breast_surgery/050/051/index.html) 5. オンコタイプDX——「抗がん剤が本当に必要か」を遺伝子で判定する ホルモン受容体陽性・HER2陰性の早期乳がんでは、「ホルモン療法だけで十分か、それとも抗がん剤も必要か」という判断が難しい場合があります。そこで活用されるのがオンコタイプDXです。 ...

April 27, 2026 · 1 min

緩和ケアはいつから始めるべきか——「まだ早い」は間違いという研究データ

「緩和ケアはまだ早い」「緩和ケアに移ったら治療を諦めることになる」——そう思っている患者さんやご家族は、今もたくさんいます。 結論から言います。これは誤解です。 緩和ケアは、がんと診断されたその日から始めることができます。早く始めるほど生活の質が改善することは複数の研究で一貫して示されており、一部の研究では生存期間の延長も報告されています。 緩和ケアに10年以上関わってきた医師として、この誤解をできるだけ多くの人に解いていただきたいと思い、この記事を書きました。 1. 「緩和ケア=終末期のもの」という誤解 日本では長い間、緩和ケアは「治療の手を尽くした後に行くところ」というイメージが根強くありました。緩和ケア病棟への入院=最期の場所、と受け取る方も少なくありません。 しかし、世界保健機関(WHO)の定義では、緩和ケアは**「生命を脅かす疾患に直面している患者と家族に対して、診断の早期から提供されるもの」**とされています。 緩和ケアの目的は「治療を諦めること」ではなく、がん治療と並行しながら、痛みや不安などの苦しみを和らげることです。治療をやめるかどうかとは、まったく別の話です。 2. 早く始めるほど良い——複数の研究が示すこと ハーバード大学の研究(2010年) 緩和ケアの早期開始を語る上で、最も有名な研究がこれです。 進行した肺がんの患者さんを2つのグループに分け、一方には診断直後から通常の治療と並行して緩和ケアを開始、もう一方は標準的な治療のみ行いました。 結果は予想を超えるものでした。 生活の質:緩和ケアを早期に受けたグループで有意に改善 うつ症状:緩和ケア群16% vs 標準治療群38% 生存期間:緩和ケア群11.6ヶ月 vs 標準治療群8.9ヶ月(約2.7ヶ月の延長) 注目すべきは、早期緩和ケア群の方が積極的な延命治療を受けた割合は少なかったにもかかわらず、より長く生きられたという事実です。 苦痛が和らぐことで治療への意欲が保たれ、精神的な安定が全身状態に良い影響を与えると考えられています。 📄 Temel 2010 アブストラクト和訳を見る 【背景】 転移性非小細胞肺がん患者は症状の負担が大きく、終末期に積極的な治療を受けることが多い。本研究では、新たに診断された外来患者を対象に、診断早期からの緩和ケア導入が患者報告アウトカムおよび終末期ケアに与える影響を検討した。 【方法】 新たに転移性非小細胞肺がんと診断された患者151名を、①通常のがん治療に加えて早期から緩和ケアを受けるグループと、②通常のがん治療のみを受けるグループにランダムに割り付けた。生活の質はFACT-Lスケール(0〜136点、高いほど良好)、気分状態はHADSで評価した。主要アウトカムは12週時点の生活の質の変化とした。 【結果】 生活の質:早期緩和ケア群98.0点 vs 標準治療群91.5点(P=0.03) うつ症状あり:緩和ケア群16% vs 標準治療群38%(P=0.01) 終末期に積極的な延命治療を受けた割合:緩和ケア群33% vs 標準治療群54%(P=0.05) 中央生存期間:緩和ケア群11.6ヶ月 vs 標準治療群8.9ヶ月(P=0.02) 【結論】 早期緩和ケアの導入は、生活の質と気分状態の両方を有意に改善した。積極的な延命治療を受けた患者が少なかったにもかかわらず、生存期間はより長かった。 Temel JS, et al. “Early Palliative Care for Patients with Metastatic Non–Small-Cell Lung Cancer.” New England Journal of Medicine, 2010; 363(8):733-742. PubMed ENABLE III試験(2015年) アメリカで行われた別の研究でも、早期緩和ケアの効果が確認されました。 ...

April 27, 2026 · 2 min

乳がんと言われたら最初にすること——告知直後に知っておきたい7つのこと

「乳がんです」——そう告げられた瞬間、頭が真っ白になる方がほとんどです。医師になって20年、乳がんの検診・診断の場面と、病気の終盤に寄り添う緩和ケアの両方に関わってきた私にとって、告知の瞬間は今も特別な重みを持ちます。 私の立ち位置を正直にお伝えすると、現在は乳がんの手術や抗がん剤治療には直接関わっておらず、「最初(検診・診断)」と「最後(緩和ケア)」を担っています。治療中の患者さんの生の声を日々聞ける立場ではありませんが、だからこそ診断直後の不安と、療養の終盤を見てきた経験から、客観的にお伝えできることがあると思っています。 この記事では、告知直後に「何をすべきか・何をしてはいけないか」を、その立場から正直にお伝えします。 1. まず、落ち着く時間を取っていい 告知されたその日は、何も決めなくていいです。 治療開始まで「少し待つ」ことが命取りになる、と思う方がいますが、ほとんどの乳がんは数日〜2週間の猶予があります。あわてて翌日に手術を決める必要はありません。 まずは帰宅し、信頼できる家族や友人と話す時間を作ってください。気持ちが落ち着いてから、次のステップに進みましょう。 2. 「告知の内容」をメモ・録音する ショック状態では、医師の説明の半分も頭に入りません。これは意志の問題ではなく、ストレス下での脳の正常な反応です。 次回の診察前に、以下を整理しておくと役立ちます。 がんの大きさ・ステージ(言われた場合) リンパ節への広がりの有無 提案された治療(手術・薬・放射線) 次の予約日時 **診察室での録音は、患者さんの権利として認められています。**遠慮なく「録音してもいいですか?」と聞いてください。 3. セカンドオピニオンを検討する 担当医を信頼していても、セカンドオピニオン(別の専門医の意見を聞くこと)は裏切りではありません。むしろ、治療を納得して受けるための大切な手段です。 セカンドオピニオンを勧める理由 乳がんの治療は施設・医師によって方針が異なることがある 自分の治療に納得感を持てると、治療中の精神的な支えになる 手術方法(温存か全摘か)など、選択肢が複数ある場合に特に有効 主治医の説明や治療の提案に納得していれば、貴重なお金や時間を使ってセカンドオピニオンの手続きをする必要はありません。ただ、別の選択肢があるのかどうか、それを確認しないままに治療方針を決めるのはもったいないと思います。 4. 治療の流れを大まかに知る 検診から経過観察までの流れをインフォグラフィックにまとめました。各ステップをクリックすると詳細が確認できます。 🎗️ 乳がん治療の流れを見る (タップして別画面で開く) 乳がんの治療は大きく3つです。 治療 内容 手術 しこりを取り除く(温存または全摘) 薬物療法 ホルモン療法・化学療法・分子標的療法 放射線療法 温存手術後などに行うことが多い どの治療を、どの順番で行うかは、がんの性質(ホルモン受容体・HER2・Ki67など)によって決まります。「なぜこの治療順なのか」を主治医に聞くことを遠慮しないでください。 ...

April 23, 2026 · 1 min

UQから日本通信に変えました──年始に娘の携帯キャリア変更でつまずいた話

年始に娘のiPhoneのキャリアをUQモバイルから日本通信に変更しました。 最大の落とし穴は名義の問題でした。娘のUQ契約は娘名義でしたが、日本通信は未成年の場合は保護者名義での契約が必要。MNP手続きを進めたところ、名義が違うとエラーになって手続きが進まない。 解決策は、まずauショップでUQのアカウント名義を娘から保護者に変更すること。家族間の名義変更なので費用はかかりませんでした。その後、日本通信への乗り換え手続きは問題なく完了。 理論と現実は違う——ネットで調べた手順通りにいかないことも多い。でも一つひとつ丁寧に対処すれば必ず解決できます。 また、月末の乗り換えの方がコスト的に有利なので、タイミングも意識するとよいです。 筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。お金の勉強はリベラルアーツ大学(リベ大)を参考にしています。

January 8, 2026 · 1 min

口座開設で戸惑ったけど、無事にアプリで運用できるようになった話

「お金の大学」で金融について勉強している。本に出会ったのはいつだろう。夫婦でお金について相談している時に妻からの紹介で知ったから、2020年頃だろうか。YouTubeも見るようになり、リベシティというコミュニティがあることも1年前くらいに知っていた。 しばらくはコミュニティへの加入はせずにお金の管理はしていたけど、もう少しちゃんとやる必要があると感じて今月に入ってからリベシティに登録した。 宿題リストというものをこなしていく時に、住信SBIネット銀行での口座開設が項目にあって、手続きをしようとしたのが12月10日。すでに口座開設がされているとアラートがあり、免許証の写真撮影などして、パスワード再登録の画面に行った。 12月11日——1回目はうまくいかなかったので、2回目のパスワード再登録をした。 12月12日——ちゃんと入力しているにも関わらず上手くできなかったので、電話できいてやろうと思いポチポチ手続きしていくと18日の電話予約が取れた(一番早い日が6日後!) 電話はiPhoneの設定で、迷惑電話に分類されてしまい、応答できず。かけ直して自動音声に「かけ直しています」と言うとオペレーターにつないでくれた。 オペレーターの人は本人確認のあとで状況を教えてくれた。すぐに正しい手続きに案内してくれて電話を切った。ポチポチやってアプリでのログインも無事にできるようになりました。 手続きはうまくいかないこともある。でも一歩ずつ進めば必ずたどり着く。 筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。お金の勉強はリベラルアーツ大学(リベ大)を参考にしています。

December 18, 2025 · 1 min

小学生への講演から見えた「自分で選ぶ人生」の大切さ

このたび、地域の小学校で医師としての経験をお話しする機会をいただきました。普段は大人相手の講演が多く、小学生への講演は初めての挑戦でしたが、子どもたちの反応を見ながら、時おり質問を交えて進めました。 私は現在、地方都市の病院で乳腺外科と緩和ケアを専門に働いています。講演では、医師になるまでの道のりや医師の仕事、そして人生の考え方についてお話ししました。小学生時代の私はサッカーが大好きで、「ワールドカップに出る」と夢見ていました。勉強面では塾に行かず家庭学習が中心でしたが、難しい問題に向き合い、自分で解き切る姿勢を身につけたことが後の学びの基礎になりました。 中学・高校を経て、家族の病気がきっかけで医師を志しました。病気と向き合う家族を支えたいという思いが強くなったことに加え、海外留学で自分の将来を深く考えた時間が人生の方向を決める大きな要因となりました。帰国後、本格的な受験勉強に取り組み、努力を積み重ねた結果、医学部進学を叶えました。「努力は必ずしも報われるとは限らないが、成功している人は必ず努力している」という実感は、この頃の経験から生まれたものです。 講演では、医師の仕事の幅広さについても伝えました。病気を治すだけでなく、健康を守ること、病気を見つけること、そして治せない病気に対して患者さんや家族に寄りそい、つらさを和らげる医療も重要です。特に緩和ケアは、単に「治す」のではなく「支える」医療であり、人生に深く関わる仕事です。 さらに子どもたちには、「努力の方向性を大切にすること」「自分で選択し責任を持つこと」「自分の好きと得意を知ること」「人生を楽しむ姿勢」についてメッセージを送りました。仕事は人生の多くの時間を占めるからこそ、自分の意志で選ぶことが大切です。また、お金の学びの必要性や、正しい情報を見極める力の重要性にも触れました。 「どんな人生も自分で選んで進むもの」——今回の講演が、将来を考える小さなきっかけになれば嬉しく思います。

December 15, 2025 · 1 min

生成AIに聞いてみた

今後下にあるような内容を参考にしながら自分の考えをアウトプットしていこうと思いました。 私からAIへの質問: 2年ぶりにnoteに投稿しようと思います。今までは日記のようなものしか書いていませんでした。今後有料記事を書いたりしようと思っています。そこで自己紹介をしたり、今後書こうと思っている内容を列記しようと思います。構成について提案してください。 AIの回答: 2年ぶりのnote投稿、そして有料記事への挑戦、素晴らしいですね!構成案を提案します。 構成案1:ストーリー仕立てで共感を呼ぶ 導入: 読者に語りかけるような挨拶。2年間の休止理由を簡潔に説明。 自己紹介: 過去の活動を振り返りつつ、「なぜ今、有料記事を書くのか」を語る。 今後のコンテンツ紹介: テーマと各記事の概要、ターゲット読者を明確にする。 結び: 読者への期待感を高めるメッセージ。 構成案2:実績と専門性をアピールする 導入: 専門分野や実績を簡潔にアピール。 自己紹介: 現在の仕事を専門分野との関連性を含めて紹介。 今後のコンテンツ紹介: 専門知識に基づく有料記事のテーマを列記。 結び: 「読者の成長をサポートしたい」という貢献意欲を示す。 構成案3:読者への問いかけで興味を引く 導入: 読者の悩みや課題を具体的に提示。「私も以前は同じことで悩んでいた」と共感を呼ぶ。 自己紹介: 悩みをどう解決してきたか、自身の経験を語る。 今後のコンテンツ紹介: 悩み解決に役立つテーマを列記。 結び: 「一緒に克服しましょう」と読者に寄り添うメッセージ。 共通して意識したいポイント: 読者目線を常に意識する 抽象的な表現を避け、具体的に書く 有料記事を読むメリットを明確にする 公開後はSNSで積極的に告知する

August 31, 2025 · 1 min

前十字靭帯

2020年8月のO-40全国大会予選中に右膝を損傷しました。練習不足と筋力低下が原因と考えられます。試合中、相手選手をブロックしようとしたときにバランスを崩し、右膝をやってしまいました。 翌日のMRI検査で靭帯が切れていることが確認され、11月に手術を決定。12月2日に手術を受け、リハビリを開始しました。 3月までは良好な回復を見せ、その後ジョギングやボール蹴りを再開。しかし6月以降は思う様にはいかず、予想より遅いペースでの回復となっています。 現在9月の時点で、筋力は向上しており、今後ダッシュ・ストップ・方向転換・ジャンプなどの段階的な復帰を目指しています。 「いつの日か怪我をする前の時ようにフィールドを駆け回りたい」——その思いを胸に、地道にリハビリを続けています。

September 5, 2021 · 1 min