後悔しない選択はない——それでも「後悔を少なくする」選び方
「どうしたら良いか、私には分かりません」 治療の分かれ道に立った患者さんやご家族から、診察室でいちばんよく聞く言葉です。抗がん剤を続けるか休むか。自宅で過ごすか入院するか。管を入れるか、入れないか。 この言葉の奥にあるのは、多くの場合「間違えたくない」「後で悔やみたくない」という気持ちだと感じています。だから私は、まずこうお伝えするようにしています。後悔しない選択は、たぶんありません。 冷たく聞こえるかもしれません。でもこれは、突き放す言葉ではなく、出発点のつもりでお話ししています。後悔をゼロにしようとすると人は選べなくなり、選んだ後は「間違えたのではないか」と自分を責める材料が増えてしまうからです。 そして、分からないのは当然でもあります。次の章で書くとおり、こうした問いの多くは、医学の側に答えが用意されていないからです。 目指せるのは、後悔を消すことではなく、後悔を少なくすること。そして、残った後悔と一緒に生きていくことです。 この記事では、選ぶ前・選ぶとき・選んだ後の3つの時間に分けて、後悔を少なくするための考え方を整理します。 1. 選ぶ前に——「正解があったはず」という前提を外す 後悔の多くは、「本当は正解があったのに、自分はそれを外してしまった」という思いから生まれます。 けれども医療の分かれ道には、医学の内部に答えが用意されていない問いがたくさんあります。 抗がん剤を続ければ、病気の勢いは抑えられるかもしれない。でも副作用で、残りの時間の過ごし方は変わる 点滴を入れれば数字は改善するかもしれない。でも体はむくみ、痰が増えて苦しくなることもある 入院すれば安心だが、自宅で過ごす時間は減る どちらにも良いところと失うものがあり、その二つを天秤にかけたときにどちらが重いかは、医学ではなくその人の価値観が決めます。同じデータを見ても、結論が分かれるのは当然のことです。 だから私は、選ぶ前の段階でこうお伝えしています。 「メリットとデメリットをよく考えて選んだのなら、それで良いのだと思います。正解や間違いがあるようなものではありません」 これは「どうでもいい」という意味ではありません。判断の良し悪しは、結果ではなく過程で決まるという意味です。医療の結果には、選択とは無関係な偶然がどうしても混じります。良い選び方をしても結果が思わしくないことはあるし、その逆もあります。自分で動かせるのは過程だけです。 2. 選ぶとき——目標を「後悔ゼロ」から「後悔を少なく」に置きかえる もうひとつ、診察室でお伝えしている考え方があります。 「後悔は必ずあります。できるだけ少なくなるように選ぶ、という選び方もあります」 目標をどこに置くかで、選択の作業そのものが変わります。 「後悔ゼロ」を目指すと 「後悔を少なく」を目指すと 探すもの 唯一の正解 自分が納得できる理由 決められない理由 完璧な選択肢がない ——(完璧でなくていい) 決めた後 外れていないか確認し続ける 選んだ理由を思い出せる 比べる相手 選ばなかった方の理想像 どちらの後悔なら抱えていけるか どちらを選んでも、失うものは残ります。ですから実際に比べるのは、「どちらが正しいか」ではなく、「どちらの後悔なら、自分は抱えて生きていけそうか」です。 決める前に、次のことを確かめておくと後から思い出しやすくなります。 何を一番大事にしたいのか(痛みが少ないこと、家にいること、行きたい場所に行けること、家族に迷惑をかけないこと——人によって違います) 今の説明で足りない情報は何か(分からないまま決めると、後で「聞いておけば」が残ります) 誰と決めるのか(一人で背負うと、後悔も一人で背負うことになります) その選択をやめたくなったとき、やめられるのか 最後の項目は特に大事なので、次の章で取り上げます。 3. 決めたことは、変えていい 「一度決めたら、最後まで貫かなければいけない」——そう思って身動きが取れなくなる方は少なくありません。 しかしこれは、国の公式な考え方とも違います。厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年3月改訂)には、こう書かれています。 本人の意思は変化しうるものであることを踏まえ、本人が自らの意思をその都度示し、伝えられるような支援が医療・ケアチームにより行われ、本人との話し合いが繰り返し行われることが重要である 気持ちが変わることは、想定内なのです。むしろ話し合いを一度きりにせず繰り返すことが、望ましい進め方として明記されています。 これは後悔を減らすうえで、いちばん効く設計だと考えています。「今日決めたことは、来週変えてもいい」と分かっていれば、決断の重さは軽くなります。実際、治療を始めてみて合わないと感じた方が中止を選ぶことも、家で過ごすと決めていた方が入院を選ぶことも、その逆もあります。どれも失敗ではなく、状況に合わせた決め直しです。 決める前の話し合いについては、人生会議(ACP)とはで詳しく整理しています。 4. 選んだ後——他の人と比べない 後悔が大きく育つのは、他人の選択と比べたときです。 同じ病気、同じ治療法の話でも、ある人にとってはメリットが大きく、別の人にとってはデメリットの方が大きい。体の状態も、家族の状況も、大事にしたいことも違うからです。 体験談やSNSの投稿は、心の支えになることもあれば、比較の材料になって自分を苦しめることもあります。読むときは、次の点を思い出してみてください。 語られているのは、その人の体・その人の暮らしのなかで起きたこと 良い結果は語られやすく、そうでない経過は語られにくい 「こうすればよかった」という他人の後悔は、あなたの選択の採点表ではない 「あの人はうまくいったのに」という思いが浮かんだら、それは選択の問題ではなく、条件が違っていた——という見方もできます。 5. それでも後悔が残ったとき ここまで書いてきたことを全部やっても、後悔は残ります。とくに大切な人を見送った後は、必ずと言っていいほど残ります。 「もっと早く病院に連れて行けば」「あのとき治療を続けていれば」「最期に間に合わなかった」——。 私は、これらを消すべきものだとは思っていません。後悔は、その人のことを一生懸命に考えた証であり、深く大切に思っていた証でもあります。何も考えずに済ませた人には、後悔は残りません。 ...