乳がんの薬物療法——ホルモン療法・抗がん剤・分子標的薬の違い

「抗がん剤はやらないといけませんか?」「ホルモン療法って何ですか?」——乳がんの薬物療法についての質問は、診察室でとても多く受けます。 乳がんの治療は手術だけで終わるわけではありません。手術の後(または前)に行う「薬物療法」が、再発を防ぐうえで重要な役割を担っています。 この記事では、乳がんで使われる3種類の薬物療法——ホルモン療法・化学療法(抗がん剤)・分子標的薬——の違いと、どのような場合に使われるかを解説します。 1. 乳がんの薬物療法は「がんの性質」で決まる 乳がんの薬物療法を理解するには、まず「乳がんにはいくつかのタイプがある」ということを知っておく必要があります。 乳がんは、以下の検査結果によって大きく4つのタイプ(サブタイプ)に分けられます。 検査項目 意味 ホルモン受容体(ER・PgR) 女性ホルモンが増殖を促すタイプかどうか HER2タンパク HER2という増殖因子が過剰発現しているかどうか Ki67 がん細胞の増殖スピード これらの組み合わせによって、どの薬物療法が有効かが変わります。 参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療 4.薬物療法」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html#drug_therapy_hormone) 乳腺科医による患者向け情報:一般社団法人BC TUBE「乳がん大事典」(https://bctube.org/)/YouTube「乳がん大事典【BC Tube編集部】」 2. ホルモン療法 対象:ホルモン受容体陽性(ER陽性)の乳がん 乳がん全体の約7割はホルモン受容体陽性です。このタイプは、女性ホルモン(エストロゲン)がエサになって増殖します。ホルモン療法はそのエストロゲンの働きを抑え、再発を防ぎます。 治療期間は5〜10年と長めですが、内服薬(飲み薬)が中心で、日常生活を送りながら続けられます。 主な薬剤 薬剤名 対象 特徴 タモキシフェン 閉経前・後ともに ER受容体をブロックする アロマターゼ阻害薬(レトロゾール・アナストロゾール・エキセメスタンなど) 主に閉経後 エストロゲンの産生を抑える LH-RHアゴニスト(ゴセレリン・リュープロレリンなど) 閉経前 卵巣機能を一時的に抑制する注射薬。アロマターゼ阻害薬と組み合わせることがある よくある副作用 ホットフラッシュ(ほてり・のぼせ)・関節痛・骨密度低下・膣の乾燥感など。いずれも生命に関わるものではありませんが、日常生活の質に影響することがあります。担当医に遠慮なく相談してください。 3. 化学療法(抗がん剤) 対象:増殖が速いタイプ・ホルモン療法だけでは不十分と判断された場合 化学療法(いわゆる「抗がん剤」)は、がん細胞の増殖を直接抑える薬です。ホルモン受容体陰性のタイプや、Ki67が高く増殖スピードが速いタイプ、リンパ節転移が多い場合などに使われます。 乳がんの化学療法は、複数の薬を組み合わせた「レジメン」で行われます。 主なレジメン レジメン名 構成薬 特徴 AC療法 ドキソルビシン+シクロホスファミド アンスラサイクリン系の標準レジメン TC療法 ドセタキセル+シクロホスファミド 心臓への影響が少ない選択肢 AC→T療法 AC療法の後にタキサン系を追加 リスクが高い場合に用いられる 術前化学療法について 化学療法は手術の「後」だけでなく、「前」に行う場合もあります(術前化学療法)。腫瘍を縮小させて温存手術を可能にする、または薬の効き具合を事前に確認するという利点があります。 よくある副作用 脱毛・吐き気・倦怠感・白血球減少(感染しやすくなる)・末梢神経障害(手足のしびれ)など。副作用の種類や強さは薬剤・個人差により異なります。 4. 分子標的薬 対象:HER2陽性乳がん、またはホルモン受容体陽性の転移・再発乳がん 分子標的薬は、がん細胞が持つ特定の「標的」をピンポイントで攻撃する薬です。正常な細胞への影響が少ないのが特徴です。 ...

April 30, 2026 · 1 min

家族ができること——そばにいるだけでいい

「何もしてあげられなくて、つらいです」——緩和ケアの現場で、患者さんのご家族からこの言葉を何度も聞いてきました。 大切な人が病気と向き合っているとき、家族は「もっと何かできないか」と焦ります。でも実は、「何もできていない」と感じているご家族ほど、患者さんのそばで大切な役割を果たしていることが多いのです。 この記事では、緩和ケアの場面で家族ができること——そしてしなくてもいいこと——を、医師の立場からお伝えします。 1. 「何かしなければ」という焦りを手放す まず、大切なことをお伝えします。 家族に「特別なこと」は求められていません。 患者さんが家族に望むことを聞くと、多くの場合こう答えます。「そばにいてほしい」「普通に話しかけてほしい」「気を遣いすぎないでほしい」。 高度な医療知識も、完璧な介護技術も必要ありません。あなたがそこにいること自体が、患者さんにとって大きな安心になっています。 2. 家族ができる具体的なこと 話を聞く 患者さんが話したいとき、ただ聞く——これが最も大切なサポートです。 アドバイスや励ましは必要ありません。「そうか、つらかったね」「もう少し聞かせて」と、言葉を受け止めるだけでいいのです。 沈黙を恐れないでください。何も言わずにそばにいるだけで、「一人じゃない」という感覚が生まれます。 日常の小さなことを続ける 「好きな食べ物を持っていく」「一緒にテレビを見る」「昔の話をする」——こうした何気ない日常のやりとりが、患者さんの気持ちを支えます。 病気の話ばかりでなく、普通の会話ができる関係を大切にしてください。 医療者への橋渡し 患者さんは、担当医や看護師に「心配をかけたくない」「弱音を言いにくい」と感じることがあります。 家族は、患者さんの様子の変化(食欲・睡眠・痛みの程度・気持ちの落ち込みなど)を医療者に伝える「橋渡し役」として大切な存在です。 「昨日から食欲がなさそうで」「夜中に痛がっていたようです」——こうした情報が、医療者の対応を変えることがあります。 実務的なサポート 通院の付き添い、薬の管理、食事の準備、家事の分担——体が思うように動かなくなっていく中で、こうした実務的なサポートは患者さんの負担を大きく減らします。 「何を手伝えばいいか」がわからなければ、「何か手伝えることある?」と直接聞いてみてください。 3. やってはいけないこと 善意からくる行動でも、患者さんを傷つけてしまうことがあります。 無理に明るく振る舞う 「元気出して」「きっと大丈夫」——こうした言葉は、患者さんの不安や悲しみを否定してしまうことがあります。 患者さんが「怖い」「つらい」と言ったとき、その気持ちを受け止めずに明るい言葉で打ち消すと、「この人には本音を言えない」と感じさせてしまいます。 治療法を押し付ける 「○○がいいらしい」「知人が△△で治った」——善意で情報を持ってくることは多いですが、患者さんが主治医と相談して決めた治療方針を揺るがすような情報の持ち込みは、混乱を招くことがあります。 新しい情報を伝えたいときは、「こんな情報があったんだけど、先生に聞いてみてもいいかもね」という形で、患者さんの判断に委ねてください。 先回りして何でも決める 患者さんが自分でできることを、先回りして奪わないようにしましょう。 「自分でやる」ことは、患者さんの自律心や尊厳につながっています。できることはできる限り自分でしてもらい、困ったときに手を貸す——その距離感が大切です。 4. 「何を話せばいいかわからない」というとき 病気が進むにつれて、「何を話せばいいかわからない」と感じる家族が増えます。 そんなときは、過去の楽しかった思い出を話すのが自然な入り口になることが多いです。「あのとき楽しかったね」「あれ、またやりたいね」——病気とは関係のない会話が、お互いの心をほぐします。 また、**「ありがとう」「一緒にいられてよかった」**という言葉は、今だからこそ伝えてほしい言葉です。いつか言おうと思っているうちに、言えなくなってしまうことがあります。 5. 家族自身のケアを忘れずに 患者さんのそばにいる家族も、精神的・体力的に消耗しています。 「自分のことを後回しにしてしまっている」「眠れていない」「誰にも話せない」——そんな状態が続くと、家族自身が倒れてしまうことがあります。 家族が元気でいることは、患者さんへの最大のサポートです。 一人で抱え込まない 介護や付き添いを一人に集中させないよう、兄弟・親戚・友人と分担することを考えてください。「迷惑をかけたくない」と思いがちですが、手伝いたいと思っている人や、手伝ってもらえる公的なサービスは必ずあります。 医療者に相談する 家族の不安や疲弊は、患者さんの担当医や看護師、あるいは医療ソーシャルワーカーに相談できます。「家族として何をすればいいかわからない」という気持ちを、そのまま伝えていいのです。 がん相談支援センターは、患者さんだけでなく家族も利用できます。→ 国立がん研究センター がん情報サービス「がん相談支援センター」 自分を責めない 「もっとそばにいてあげられればよかった」「あのとき違う対応をすればよかった」——家族は後から自分を責めることがあります。 でも、毎日悩みながらそばにいたこと自体が、すでに十分な愛情の表れです。完璧な家族など存在しません。あなたがそこにいたこと、それだけで十分です。 まとめ 家族に必要なのは「特別なこと」ではなく、そばにいること 話を聞く・日常を続ける・医療者への橋渡しが具体的なサポートになる 無理な励ましや治療法の押し付けは逆効果になることがある 患者さんが自分でできることは奪わない 家族自身の心と体を守ることも、ケアの一部 「何もできていない」と感じているあなたへ——毎日そこにいることが、患者さんにとって何よりの支えになっています。 筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。

April 30, 2026 · 1 min

乳がんの手術——温存か、全摘か

「手術は乳房を残せますか?」「全部取った方が安心ですか?」——診察室でとても多く受ける質問です。 乳がんと診断されたとき、手術の方法をどう選ぶかは、多くの患者さんにとって大きな悩みです。この記事では、乳腺外科医として20年診療してきた立場から、温存手術と全摘手術の違いと選び方を解説します。 1. 2つの手術の基本 乳房温存手術(部分切除) がんの部分とその周囲の乳腺を切除し、乳房の形を残す手術です。手術後には多くの場合、放射線治療を行います。 乳房全摘手術(乳腺全切除) 乳房の乳腺組織をすべて切除する手術です。放射線治療が不要になることが多い一方、乳房の形は失われます(再建手術を行う選択肢があります)。 2. 再発率は同じ——これが大前提 まず知っておいていただきたい重要な事実があります。 「温存手術+放射線治療」と「全摘手術」では、生存率・再発率に差はありません。 これは1980年代から複数の大規模臨床試験で示されており、現在の乳がん治療の標準的な考え方です。「全部取れば安心」という感覚は理解できますが、医学的には根拠がありません。 参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html) 3. どちらを選ぶかの基準 温存手術が可能かどうかは、主に次の条件によって判断されます。 温存手術が適している場合 腫瘍が比較的小さい(目安として3cm以下) 乳房の大きさに対して腫瘍が小さく、切除後も形を保てる 腫瘍が1か所にまとまっている 放射線治療を受けられる状況にある(平日毎日通院することができるなど) 全摘手術が検討される場合 腫瘍が大きい、または乳房に対して切除範囲が広い 腫瘍が複数か所にある(多発) 非浸潤がんが乳房全体に広がっている 放射線治療が受けられない事情がある(妊娠中など) 患者さん自身が「再発への不安から、全摘を希望する」 最後の項目は重要です。生存率に差がない以上、どちらを選ぶかに"正解"はありません。「残したい」「すべて取り除きたい」どちらの思いも、正当な選択の理由になります。 4. 温存手術後の放射線治療について 温存手術を行った場合、術後に残った乳房全体への放射線治療が標準的です。 放射線治療の回数・期間は、長年にわたって短縮される方向に進化してきました。 時代 照射回数 期間 根拠となる主な試験 従来法 25回 約5週間 長年の標準治療 寡分割照射 15〜16回 約3週間 START-B試験(Lancet 2008)、カナダ試験 超寡分割照射 5回 約1週間 FAST-Forward試験(Lancet 2020) **寡分割照射(15〜16回)**は、英国のSTART-B試験(2008年、Lancet誌)やカナダの試験で、従来の25回と局所制御率・生存率ともに同等と示されました。現在、日本でも標準的な選択肢になっています。 **超寡分割照射(5回・1週間)**は、英国のFAST-Forward試験(2020年、Lancet誌)で、5年間の局所再発率・副作用ともに15回と非劣性であることが示されました。日本ではまだ普及途上ですが、導入している施設が増えています。 通院の負担が大きく減ってきていることは、温存手術を選びやすくなった大きな変化の一つです。 どの方法が使えるかは施設によって異なります。「何回の照射になりますか?」と担当医に確認してみてください。 「放射線が怖い」という方もいますが、乳がんへの放射線治療は副作用(皮膚炎など)は多くの場合、一時的なものです。放射線治療ができない事情がある場合は、担当医に相談してください。 5. 乳房再建について 全摘手術を選んだ場合、乳房再建を行うことができます。 再建の時期 内容 一次再建(同時再建) 全摘と同じ手術で再建する 二次再建 全摘後、時間をおいてから再建する 再建の方法には、人工物(インプラント)を使う方法と、自分の組織(腹部や背部の筋皮弁)を使う方法があります。どちらを選ぶかは体型・希望・治療の流れによって異なります。 ...

April 29, 2026 · 1 min

痛みのコントロール——医療用麻薬への誤解を解く

「麻薬は最後の手段ですよね」「麻薬を使ったら終わりだと思っていました」——こうした言葉を、患者さんやご家族から何度も聞いてきました。 痛みを我慢し続けている方の中には、医療用麻薬への強い抵抗感を持っている方がいます。その気持ちはよく理解できます。でも、その誤解が「不必要な苦しみ」につながっていることがあります。 この記事では、痛みのコントロールと医療用麻薬(オピオイド)について、緩和ケア医として正確にお伝えします。 1. がんの痛みは「我慢するもの」ではない まず、大前提をお伝えします。 がんの痛みは、適切な薬物療法で多くのケースでコントロールできます。 日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版」でも、段階的な薬の使い方によって多くの患者さんで痛みを許容できるレベルまで和らげられることが示されています。 参考情報源:日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版」(https://www.jspm.ne.jp/) 痛みを我慢することは美徳ではありません。むしろ、痛みを放置すると—— 食欲・睡眠・体力が低下する 精神的な負担が増える 治療への意欲が落ちる 家族や周囲との時間が苦しいものになる ——という悪循環が起きます。痛みをコントロールすることは、生きる質(QOL)を守ることです。 参考情報源:WHO「がん疼痛治療ガイドライン」、日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」(https://www.jspm.ne.jp/) 2. 医療用麻薬(オピオイド)とは オピオイドとは、モルヒネをはじめとする痛み止めの一種です。医療の場では「医療用麻薬」と呼ばれます。 日本で使用できるオピオイドには、強さによって「弱オピオイド」と「強オピオイド」があります。 種類 主な薬剤 弱オピオイド コデイン、トラマドール 強オピオイド モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォン、タペンタドール、メサドン 痛みの強さや患者さんの状態に応じて薬剤が選ばれます。剤形も内服薬・貼り薬・注射・座薬・舌下錠など様々で、飲み込みが難しい方や在宅での管理にも対応できるよう工夫されています。なお、メサドンは効果が高い一方で管理が複雑なため、専門的なトレーニングを受けた医師のみが処方できます。 「麻薬」という言葉から違法薬物を連想される方もいますが、医療用オピオイドは医師の処方のもとで適切に使用される、正規の治療薬です。 3. オピオイドとNSAIDsの違い——作用する場所が異なる 痛み止めにはいくつかの種類がありますが、よく比較されるのがNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)とオピオイドです。この2つは「痛みを抑える薬」という点では同じですが、体のどこに作用するかがまったく異なります。 【痛みが伝わる経路と、薬の作用点】 組織の損傷・炎症 ↓ 末梢の痛み受容器が活性化される (プロスタグランジンなどが放出) ↓ 電気信号として脊髄へ伝わる ↓ 脳(視床・大脳皮質)で「痛い」と認識される ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 💊 NSAIDs ─── 末梢に作用 COX酵素を阻害し、プロスタグランジンの 産生を抑える。炎症による痛みに有効。 💊 オピオイド ─── 脊髄・脳に作用 μ(ミュー)オピオイド受容体に結合し、 痛みの信号の伝達と脳での認識を抑える。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 作用点が異なるため、NSAIDsで効果が不十分なときに、オピオイドを追加・切り替えることで痛みをコントロールできる場合があります。また、両者を組み合わせることで、それぞれの量を抑えながら効果を高める使い方もされています。 NSAIDsは市販の痛み止め(ロキソニンなど)に含まれており身近な存在ですが、がんの痛みが強くなるにつれて、オピオイドが必要になるのはこうした理由からです。 4. よくある誤解とその真実 「中毒になるのでは?」 → 痛みがある状態で適切に使う場合、依存・中毒はほとんど起きません。 「依存」と「身体的依存」は別のものです。痛みに対してオピオイドを使うとき、脳の報酬系への影響は少なく、適切な量を適切な目的で使えば中毒になることは稀です。 痛みがなくなれば、医師の指導のもとで徐々に減量・中止することもできます。 「寿命が縮まるのでは?」 → 適切に使用された場合、寿命を縮める根拠はありません。 むしろ、痛みをコントロールして活動性や食欲を保つことで、全身状態が維持されます。「痛みを我慢して体力を使い果たす」方が、体への負担は大きいと言えます。 緩和ケアを早期から始めることで生存期間が延びる可能性があることは、別の記事でも解説しています。→ 緩和ケアはいつから始めるべきか 「使い始めたら最後まで使い続けなければいけない?」 → 状況が変われば減らしたり止めたりできます。 ...

April 29, 2026 · 1 min

乳がん検診——マンモグラフィと超音波、どちらを受ければいい?

「検診を受けたいけど、マンモグラフィと超音波のどちらが良いのか分からない」——そんな相談を診察室でよく受けます。 結論から言うと、どちらが「正解」というわけではありません。それぞれに得意なことと苦手なことがあり、年齢や乳房の状態によって向き不向きがあります。この記事では、乳腺外科医として20年診療してきた立場から、分かりやすく解説します。 1. マンモグラフィとは マンモグラフィ検査のイメージ(イラスト:いらすとや) マンモグラフィは、乳房をX線で撮影する検査です。乳房を2枚の板で挟んで圧迫しながら撮影するため、「痛い」というイメージを持つ方も多いですが、この圧迫によって薄く広げることで小さな病変を見つけやすくしています。 得意なこと: 石灰化(カルシウムの沈着)の発見 非浸潤性乳管がん(乳管を這って広がるタイプ)の検出 広い範囲を一度に確認できる 過去の撮影データと比較しやすい(同じ病変が同じ場所にある場合、経年変化を確認できる) 苦手なこと: 乳腺密度が高い(いわゆる「高濃度乳房」)の場合、がんが隠れて見えにくい 若い方や授乳中の方には不向き 対象となりやすい方: 40歳以上の方。日本の対策型検診(自治体の検診)では、40歳以上の女性に2年に1回のマンモグラフィが推奨されています。 参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 検診」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/screening.html) 2. 超音波検査(エコー)とは 乳腺エコー検査のイメージ(イラスト:いらすとや) 超音波検査は、プローブ(探触子)を乳房にあてて、音波の反射で内部の様子を画像化する検査です。痛みはなく、放射線も使いません。 得意なこと: 乳腺密度が高い方でも病変を見つけやすい しこり(腫瘤)の性状(良性か悪性かの判断の手がかり)を詳しく確認できる リアルタイムで動かしながら観察できる 苦手なこと: 石灰化の検出はマンモグラフィよりも不得意 検査者の技量に左右される部分がある 広範囲を短時間で確認するのはマンモグラフィより難しい 対象となりやすい方: 40歳未満の方、高濃度乳房の方、妊娠中・授乳中の方。 3. 「高濃度乳房」とは何か 近年、「高濃度乳房(デンスブレスト)」という言葉をよく耳にするようになりました。 乳房の中には乳腺組織と脂肪組織があり、マンモグラフィで乳腺組織が多い状態を「高濃度乳房」と呼びます。日本人女性の約40〜50%が該当すると言われています。 高濃度乳房では、マンモグラフィでがんが白い乳腺組織に隠れて見えにくくなります。このため、マンモグラフィの結果が「異常なし」でも油断できない場合があります。 自分が高濃度乳房かどうかは、マンモグラフィを受けた際に結果票や医師から教えてもらえます。高濃度乳房と言われた方は、超音波検査の追加を検討することをおすすめします。 参考情報源:日本乳癌検診学会「高濃度乳房について」(https://www.jabcs.jp/) 4. どちらを受ければいいか——年代別の目安 年代 推奨される検査 30代 超音波(乳腺密度が高いことが多い) 40代 マンモグラフィ+超音波の併用が理想 50代以降 マンモグラフィ中心(脂肪化が進み見えやすくなる) ただし、これはあくまで目安です。高濃度乳房の方、家族に乳がんの方がいる方、以前に乳房に関する指摘を受けたことがある方は、年齢に関係なく主治医と相談して検査方法を決めることをおすすめします。 5. 自治体検診と人間ドックの違い 自治体検診(対策型検診): 40歳以上を対象に2年に1回 マンモグラフィのみが基本 費用は数百〜2,000円程度(自治体による) 人間ドック・任意型検診: 年齢制限なし、毎年受けられる マンモグラフィ+超音波の併用も可能 費用は1万円前後 自治体検診は費用が安く受けやすい反面、超音波が含まれないことが多いです。特に30〜40代前半の方や、高濃度乳房の方は、人間ドックや乳腺外科への自費受診で超音波も合わせて受けることを検討してください。 まとめ マンモグラフィ:石灰化の発見に強い、40歳以上に向いている 超音波:しこりの発見に強い、若い方・高濃度乳房の方に向いている 理想は併用:どちらか一方より、組み合わせることで見落としを減らせる 高濃度乳房の方は、マンモグラフィだけでなく超音波も検討を 「どちらを受けるべきか分からない」という方は、まず地域の乳腺外科や婦人科に相談してみてください。検診の種類よりも、受けないよりは受けることが何より大切です。 ...

April 28, 2026 · 1 min

人生会議(ACP)とは——「もしものとき」を話し合うことが、なぜ大切なのか

「もしものときのことを家族と話したことがない」——診察室でそうおっしゃる患者さんは、とても多いです。 話し合わないのは、避けているわけではなく、「どう切り出せばいいか分からない」「家族を心配させたくない」という気持ちからであることがほとんどです。 この記事では、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)、日本語で「人生会議」とも呼ばれるこの取り組みについて、緩和ケア医として診療現場で感じていることも交えながら解説します。 1. ACPとは何か ACP(Advance Care Planning)とは、将来、自分が意思表示できなくなったときに備えて、どのような医療・ケアを受けたいかを、前もって考え、周囲と話し合っておくプロセスのことです。 「延命治療をどうするか」という話だけではありません。 最期はどこで過ごしたいか(自宅?病院?ホスピス?) どんなことを大切にして生きてきたか 辛いことに対してどこまで頑張りたいか 家族や医療者に何を伝えておきたいか こういった「自分の価値観や希望」を整理して、信頼できる人と共有しておくことが、ACPの本質です。 参考情報源:厚生労働省「人生会議(ACP)について」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html) 2. なぜ話し合っておく必要があるのか 緩和ケアの現場で大切にしている「4つの情報」 緩和ケアの場では、治療方針を決めるときに、次の4つの情報を整理して考えます。 情報 内容 ① 本人の希望(最も大切) どう生きたいか、何を大切にしているか ② 家族の希望 大切な人はどう思っているか ③ 病状・身体の状態 医学的に何が可能か ④ 医療制度・病院の状況 利用できる環境・資源は何か このなかで**最も大切にしているのが「本人の希望」**です。 ところが、病気が進行すると意識が低下したり、言葉で伝えることが難しくなる時期が来ることがあります。そのとき、「本人の希望」を誰も知らないまま、残りの3つの情報だけで方針を決めることになってしまいます。 医療者も家族も、「これで良かったのか」という後悔が残ることがあります。 事前に話し合っていないと…… ある患者さんのご家族が、こうおっしゃっていました。 「最期に延命処置を止める決断をしたとき、それが本人の望みだったのか、今でも分かりません。もっと話し合っておけばよかった」 逆に、事前に話し合っていたケースでは—— 「本人が『なるべく自然に逝きたい』と言っていたので、迷わず在宅を選べました。家族みんな、後悔していません」 この違いは、「話し合いがあったかどうか」だけで生まれます。 「人生会議」が社会に広まるまでの道のり 2019年、厚生労働省がACPの普及を目的としてお笑い芸人の小籔千豊さんを起用したポスターを作成しました。酸素チューブをつけてベッドに横たわる姿が描かれたそのポスターは、「闘病中の患者に怖いイメージを与える」と患者団体などから抗議を受け、配布翌日に撤回されるという異例の事態になりました。 炎上したこと自体は残念でしたが、この出来事をきっかけに「人生会議」という言葉と概念が広く知られるようになりました。「どんな形で伝えるか」は難しい問題ですが、話し合いの大切さ自体は変わりません。 3. 「エンディングノート」と何が違うの? エンディングノートは「書いておくもの」ですが、ACPは**「話し合うプロセス」**です。 書いて終わりではなく、定期的に見直したり、状況が変わったら更新したりすることが大切です。また、ノートに書いた内容を家族や主治医と共有しておくことで、はじめて意味を持ちます。 エンディングノートも有用なツールですが、それを使って話し合いのきっかけにするのがACPの考え方です。 4. いつ始めればいいのか 「まだ元気だから」「病気が確定してから」と後回しにしがちですが、元気なうちに考えるのが理想です。 理由は2つあります。 元気なときのほうが、自分の価値観を冷静に整理できる 具合が悪くなってからでは、話し合いを始めにくくなる がんと診断されたとき、治療の方針を決めるとき、再発したとき——こういった「節目」に少しずつ話し合っておくのが現実的です。一度で全部決める必要はありません。 5. 何を、誰と話し合えばいいのか 話し合う相手 家族・パートナー 信頼できる友人 主治医・担当看護師 全員と一度に話す必要はありません。まず家族と少し話してみる、次に主治医に伝える、という順番で十分です。 話し合う内容(例) テーマ 具体的な問い 過ごす場所 最期はどこにいたいか(自宅・病院・ホスピス) 治療の希望 人工呼吸器・胃ろうなどをどこまで希望するか 大切にしたいこと 何を優先して生きたいか 代わりに決める人 意思表示できないときに誰に決めてほしいか すべてに答えなくても大丈夫です。「まだ分からない」という状態でも、話し合いを始めること自体に意味があります。 ...

April 28, 2026 · 1 min

医師が、40歳を超えても全国大会に出続ける話

サッカーを始めたのは5歳のときだった。 小学校のグラウンドで練習していた地域のチームに入り、気づけば40年が経った。今も地方のO-40チームで、ピッチに立ち続けている。 プロにはなれなかった。全国大会に出たこともなかった。でも40歳を超えた今、全国大会に出られるようになった。遠回りもしてきたし、一度サッカーを辞めた時期もある。それでも続けてきた40年を、少し書いてみようと思う。 千葉市のグラウンドで 7つ上の兄も同じチームにいた。だが兄が中学に進むと卒団してしまい、一緒にプレーできたことは一度もなかった。 ポジションはFW。点を取ることが好きだった。 小学4・5年生のとき、チームは千葉県大会で準優勝と3位に入った。千葉といえばサッカーどころだ。その中での入賞は、子どもながらに誇らしかった。 しかし小6の大会は途中で負けた。全日本少年サッカー大会には出られなかった。 その大会が終わった直後、ジェフ千葉(当時のジェフユナイテッド市原)のジュニアユースセレクションを受けた。同じチームの同級生も受けた。その子は合格した。私は落ちた。 中学——ポジションが下がっていった時期 地域のリーグ戦で一緒に戦っていた近くの中学校が、全国中学校サッカー大会(全中)で優勝している。私が通ったのは、別の中学だった。 FWとして入ったが、チームの最適解を探すうちにポジションがどんどん下がっていき、最終的にはセンターバックをやっていた。 千葉市のトレセン(トレーニングセンター)には参加していたが、Bチームだった。トレセンで一緒だったメンバーの中に、市立船橋高校(市船)に進んだ選手がいたと記憶している。 高校——10番と、翌日の渡米 千葉の進学校に進み、サッカー部に入った。1年生で公式戦のメンバーには入ったが、試合には出られなかった。 3年生が8月に引退すると、そこから試合に出続けた。最上級生になってから10番をもらった。 高校3年の選手権予選。8月2日か3日、ベスト16をかけた試合があった。勝った。そして翌日、交換留学生としてテキサス州へ旅立った。約1年間の留学だった。 10月にベスト16の試合があったが、私はすでにアメリカにいた。チームメイトたちがその試合を戦い、負けてしまったと後から聞いた。もし勝っていれば、次の相手は市立船橋だったらしい。 留学中もサッカーで交流 アメリカでも学校のサッカーチームに入れてもらった。 当時のアメリカはサッカー大国ではなかったが、システムはしっかりしていた。大会もあり、ヒスパニック系の上手い選手もいた。 チームに入って間もなく、監督に10番を希望した。監督が本来その番号を予定していた選手を説得してくれて、10番をもらうことができた。 大会では、ハーフラインからシュートを決めたのを覚えている。勝ち上がる中で、プロ並みに速い選手とも対戦した。その選手がプロになったかどうかは分からない。 右膝を捻挫して、しばらくリハビリになった。そのリハビリを担当してくれたのが、同じ高校生だったことに驚いた。アメフトや野球で積み上げてきたスポーツ医学の知見がサッカーにも応用されていた。当時は「そういうものか」と思っただけだったが、医師になった今振り返ると、日本よりずっと進んでいたと感じる。 医学部とサッカー部 帰国後、半年の受験勉強を経て医学部に入った。その間はサッカーをしていない。1日10時間以上勉強していた時期だ。 医学部に入ってすぐサッカー部に入った。地域リーグ、西日本医科学生体育大会(西医体)、全日本医科学生体育大会(全医体)と、毎年試合があった。 西医体での最高成績は4位。全医体への出場資格は西医体の成績順に与えられるが、上位校が辞退したおかげで出場できた大会があり、そこで3位になった。 正直に言う。医学部のサッカーは、決してレベルが高いわけではない。その環境の中で「自分より上手い」と感じたのは2人だけだった。3つ上の先輩と、全医体で対戦した元ヴェルディユース出身の選手。 それが私のサッカーの天井だった。 地域リーグと、サッカーが簡単に感じられた日々 医学部6年の8月、西医体を最後にサッカー部を引退した。同じ夏、あの先輩が所属していた社会人チームに移籍させてもらった。そのまま研修医2年間も所属し続けた。そのチームは地域のリーグに所属していた。背番号は28番。 自分より上手い選手がほとんどだった。 不思議なことに、うまい選手に囲まれると、サッカーがこんなにも簡単なのかと思わせてくれる。正確なパスが来る。動き出す前にスペースがある。混乱する前にボールが動いている。 リーグ最下位として臨んだ入れ替え戦の相手は、県リーグから昇格を狙うJリーグクラブのサブチームだった。試合には負けて、チームは県リーグへ降格した。 それでも、研修医2年間のあの日々は、年齢制限のないカテゴリーで経験した中でいちばん充実していた。 離脱、そして再び 3年目から外科の専攻医になった。手術室に入り、病棟を走り回る日々。サッカーをする時間も体力も、残らなかった。一旦、辞めることにした。 しばらくしてから、健康のために体を動かすことを勧められた。サッカーなら楽しく続けられる。以前所属していたチームに連絡すると、再登録を受け入れてもらえた。 40歳からの全国大会 39歳でシニアサッカーのO-40カテゴリーに登録した。40歳以上の選手で編成されるチームで、県リーグから地方予選を経てJFA主催の全国大会がある。 マスターズ(35歳以上)の大会にも並行して参加し、全国大会も経験した。チームへの貢献はわずかだったが。 今のチームで全国大会はこれまでに3回出場した。背番号は11番。ポジションはサイドバック。 なぜサイドバックかというと、他のポジションは自分より上手い人がいるから、出られるポジションがそこしか残っていないのだ。 内田篤人選手や駒野友一選手、ダニ・アウベスやマルセロのような、試合を作れるサイドバックの選手たちを見ていると、このポジションにも素敵な景色があることは分かる。それでも、やっぱり中央の選手に戻りたいと思うことがある。 40年続けてきて思うこと ジェフのセレクションに落ちた。地域リーグでは降格した。全国大会で活躍できたわけでもない。 それでも、サッカーをやめなかった。 医学部の6年間、研修医の2年間、外科専攻医として多忙だった時期、体調を崩して立ち止まった時期——それぞれの時代にサッカーがあった。あるときは成長を感じる場所として、あるときは心の支えとして。 40年経った今、全国大会のピッチに立てている。プロにはなれなかったが、それでいいと思っている。 現役でサッカーをしている医師がいる、ということを知るきっかけになれば嬉しい。 筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。5歳からサッカーを続けて今もO-40の全国大会に出場中。

April 28, 2026 · 1 min

「AIに仕事を奪われる」と心配する子どもに——医師20年目が伝えたいこと

「せっかく仕事を選んでも、AIに奪われたらどうしたらいいの?」 最近、そんな言葉を聞く機会が増えました。高校生や中学生の子どもたちが、進路を考えながら抱く不安です。 医師として20年、診察室でも同じような言葉を耳にします。がん治療中の患者さんが「私がいなくなった後、子どもが生きていける社会なのか心配で」と話してくれることがあります。その言葉の重さを受け止めながら、私自身も医師として、そして一人の親として、この問いをずっと考えてきました。 医療現場にもAIはやってきた まず、私が働く医療現場の話をさせてください。 乳がんの診断には、マンモグラフィや超音波検査の画像を読むスキルが欠かせません。近年、この画像診断をAIが支援するシステムが急速に普及しています。電子カルテへの入力補助、問診の自動化、病理画像の解析——医療の現場でも、AIはすでに「使うもの」になっています。 では、医師は必要なくなるのか? 私はそう思いません。AIが得意なのは、大量のデータからパターンを見つけることです。しかし、目の前の患者さんが「どう生きたいか」を聞き、そこに寄り添う判断はAIにはできません。がんの告知の場面で、患者さんの表情を読みながら言葉を選ぶのも、深夜に急変した患者さんの家族に電話をかけるのも、人間にしかできない仕事です。 AIは道具です。聴診器が登場したとき、レントゲンが登場したとき、医師の仕事は消えませんでした。むしろ、より多くの患者さんを助けられるようになりました。 「どの仕事が残るか」は誰にも分からない 子どもたちが心配するのは自然なことです。でも、正直に言えば、10年後・20年後にどの職業が残っているかは、私にも、AIの専門家にも、誰にも正確には分かりません。 医師になった20年前、私はスマートフォンもSNSも知りませんでした。当時「Webライター」や「YouTuber」という職業を知っている人はほとんどいなかったはずです。逆に、銀行の窓口業務や旅行代理店のカウンター業務は、当時の水準より大幅に縮小しています。 変化を予測することより、変化に対応できる力を育てることの方が、ずっと重要だと私は考えています。 変化に強い人が持っている3つのもの 私が診てきた患者さんや、同僚の医師たちを見ていて感じることがあります。時代が変わっても活躍している人には、共通するものがあります。 1. 学び続ける姿勢 資格を取ったら終わり、ではない人たちです。新しい治療法が出れば勉強する、AIが使えると聞けば試してみる。「まず触ってみる」という好奇心が、変化への対応力を生みます。 2. 「人の困りごとを解決する」という感覚 仕事の本質は、誰かの困りごとを解決してお金をいただくことです。これはAIが登場しても変わりません。診察室でも、学校でも、会社でも、「この人が何に困っているか」を感じ取る力が、あらゆる仕事の核心にあります。 3. コミュニケーションの力 医療の世界では特に感じます。知識や技術が同じでも、患者さんや家族、チームのメンバーと信頼関係を築ける人と、そうでない人では、仕事の質も広がり方も違います。AIに最も難しいのが、人と人の間に生まれる信頼の構築です。 「好きなこと」を軸にしていい理由 進路相談でよく聞かれます。「安定している職業を選んだ方がいいですか?」 私の答えはいつも同じです。「続けられることを選んでほしい」。 どんな仕事も、長く続けて初めて深みが出ます。好きではないことを続けるのは、精神的なコストが高い。AIに仕事を奪われる心配より、「嫌いな仕事を10年続けた先に何があるか」の方が、私は心配です。 20年間、乳がんの患者さんと向き合ってきました。終末期の患者さんと話すとき、後悔の言葉として「もっと好きなことをやればよかった」は、何度聞いたか分かりません。「安定を選んで良かった」という言葉は、ほとんど聞いたことがありません。 親として伝えられること 子どもの不安を受け止めながら、私たち親ができることは何でしょうか。 「AIが来ても大丈夫な職業を選びなさい」と言うより、「自分が続けられることを探しなさい、そしてそのために学び続けなさい」と伝える方が、ずっと誠実だと思っています。 進路は一度決めたら変えられないものではありません。私自身、外科医から乳腺専門医へ、そして緩和ケアへと、重点は少しずつ変わってきました。入口が違っても、途中で方向を変えることはいつでもできます。 AIという道具を使いこなしながら、人の役に立ち続けること——それが、これからの時代を生きる力だと私は信じています。 筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。

April 27, 2026 · 1 min

病理結果の「ER・HER2・Ki67」って何?——数字に振り回されないために知っておきたいこと

「ホルモン受容体陽性、HER2陰性、Ki67が28%でした」——そう言われても、何がどう重要なのか、すぐには理解しにくいと思います。 病理検査の結果は、乳がんの「性格」を示す情報です。この数字の組み合わせによって、どんな治療が必要かが決まります。数字に振り回されるのではなく、「自分のがんがどういう性格か」を理解するための道具として使ってほしいと思い、この記事を書きました。 1. ホルモン受容体(ER・PgR)——女性ホルモンで育つがんかどうか **ER(エストロゲン受容体)とPgR(プロゲステロン受容体)**は、がん細胞が女性ホルモンを使って増殖するかどうかを示します。 陽性:がん細胞がホルモンを「エサ」にして育つタイプ 陰性:ホルモンとは関係なく増殖するタイプ 陽性だと何が変わるか? ホルモン受容体陽性の乳がんには、ホルモン療法が使えます。タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬などが代表的です。ホルモンをブロックすることでがん細胞の増殖を抑える治療で、多くの場合5〜10年間続けます。 受容体陽性の乳がんは一般に「おとなしい」性格のことが多く、予後も比較的良好です。 参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html#nature) 2. HER2——増殖スイッチが過剰にあるかどうか **HER2(ハーツー)**は、細胞の表面にある増殖のスイッチのようなタンパク質です。正常な細胞にも存在しますが、乳がんの約15〜20%ではこのスイッチが過剰に作られます。 陽性(3+、またはFISH陽性):スイッチが多すぎて、細胞が活発に増殖しやすい 陰性(0・1+):スイッチの量は正常範囲 陽性だと何が変わるか? HER2陽性の乳がんには、抗HER2薬(トラスツズマブ〈ハーセプチン〉など)が使えます。このスイッチをピンポイントで狙い撃ちにする治療で、登場する前と後で予後が大きく変わった薬です。 陽性だからといって必ずしも予後が悪いわけではなく、適切な治療を受けることで転帰が改善します。 参考情報源:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療」(https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html#nature) 3. Ki67——がん細胞がどれくらいのスピードで増えているか **Ki67(ケイアイろくじゅうなな)**は、がん細胞の「増殖スピード」を示す指標です。増殖中の細胞にしか現れないタンパク質で、全がん細胞のうち何%の細胞が今まさに分裂しているかを示します。 高値(目安:25%以上):増殖が速い、悪性度が高い傾向 低値(目安:25%未満):増殖がゆっくり、おとなしい傾向 重要な注意点:Ki67には明確な「正常値」がありません。25%という数字はよく使われる目安ですが、施設によって判定方法が異なり、同じ数字でも解釈に幅があります。Ki67単独で一喜一憂するのではなく、ER・HER2との組み合わせで判断することが重要です。 参考情報源:日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン2022年版 FRQ1「浸潤性乳癌におけるKi67評価はどのような症例に勧められるか?」(2022年11月17日公開、https://jbcs.xsrv.jp/guideline/2022/b_index/frq1/) 4. 組み合わせで決まる「サブタイプ」 ER・HER2・Ki67の3つを組み合わせると、乳がんは大きく4つの「サブタイプ」に分類されます。治療方針はこのサブタイプをベースに決まります。 サブタイプ ER/PgR HER2 Ki67 主な治療 Luminal A型 ○ ✗ ↓ ホルモン療法が中心 Luminal B型 ○ ✗ ↑ ホルモン療法+化学療法 HER2型 ✗ ○ — 抗HER2薬+化学療法 トリプルネガティブ型 ✗ ✗ ↑ 化学療法・免疫療法 Luminal A型は最も「おとなしい」タイプで予後が良好なことが多く、トリプルネガティブ型は治療の選択肢が限られていましたが、近年は免疫チェックポイント阻害薬など新しい治療薬が加わっています。 参考情報源:国立がん研究センター東病院「乳がんについて」(https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/clinic/breast_surgery/050/051/index.html) 5. オンコタイプDX——「抗がん剤が本当に必要か」を遺伝子で判定する ホルモン受容体陽性・HER2陰性の早期乳がんでは、「ホルモン療法だけで十分か、それとも抗がん剤も必要か」という判断が難しい場合があります。そこで活用されるのがオンコタイプDXです。 ...

April 27, 2026 · 1 min

緩和ケアはいつから始めるべきか——「まだ早い」は間違いという研究データ

「緩和ケアはまだ早い」「緩和ケアに移ったら治療を諦めることになる」——そう思っている患者さんやご家族は、今もたくさんいます。 結論から言います。これは誤解です。 緩和ケアは、がんと診断されたその日から始めることができます。早く始めるほど生活の質が改善することは複数の研究で一貫して示されており、一部の研究では生存期間の延長も報告されています。 緩和ケアに10年以上関わってきた医師として、この誤解をできるだけ多くの人に解いていただきたいと思い、この記事を書きました。 1. 「緩和ケア=終末期のもの」という誤解 日本では長い間、緩和ケアは「治療の手を尽くした後に行くところ」というイメージが根強くありました。緩和ケア病棟への入院=最期の場所、と受け取る方も少なくありません。 しかし、世界保健機関(WHO)の定義では、緩和ケアは**「生命を脅かす疾患に直面している患者と家族に対して、診断の早期から提供されるもの」**とされています。 緩和ケアの目的は「治療を諦めること」ではなく、がん治療と並行しながら、痛みや不安などの苦しみを和らげることです。治療をやめるかどうかとは、まったく別の話です。 2. 早く始めるほど良い——複数の研究が示すこと ハーバード大学の研究(2010年) 緩和ケアの早期開始を語る上で、最も有名な研究がこれです。 進行した肺がんの患者さんを2つのグループに分け、一方には診断直後から通常の治療と並行して緩和ケアを開始、もう一方は標準的な治療のみ行いました。 結果は予想を超えるものでした。 生活の質:緩和ケアを早期に受けたグループで有意に改善 うつ症状:緩和ケア群16% vs 標準治療群38% 生存期間:緩和ケア群11.6ヶ月 vs 標準治療群8.9ヶ月(約2.7ヶ月の延長) 注目すべきは、早期緩和ケア群の方が積極的な延命治療を受けた割合は少なかったにもかかわらず、より長く生きられたという事実です。 苦痛が和らぐことで治療への意欲が保たれ、精神的な安定が全身状態に良い影響を与えると考えられています。 📄 Temel 2010 アブストラクト和訳を見る 【背景】 転移性非小細胞肺がん患者は症状の負担が大きく、終末期に積極的な治療を受けることが多い。本研究では、新たに診断された外来患者を対象に、診断早期からの緩和ケア導入が患者報告アウトカムおよび終末期ケアに与える影響を検討した。 【方法】 新たに転移性非小細胞肺がんと診断された患者151名を、①通常のがん治療に加えて早期から緩和ケアを受けるグループと、②通常のがん治療のみを受けるグループにランダムに割り付けた。生活の質はFACT-Lスケール(0〜136点、高いほど良好)、気分状態はHADSで評価した。主要アウトカムは12週時点の生活の質の変化とした。 【結果】 生活の質:早期緩和ケア群98.0点 vs 標準治療群91.5点(P=0.03) うつ症状あり:緩和ケア群16% vs 標準治療群38%(P=0.01) 終末期に積極的な延命治療を受けた割合:緩和ケア群33% vs 標準治療群54%(P=0.05) 中央生存期間:緩和ケア群11.6ヶ月 vs 標準治療群8.9ヶ月(P=0.02) 【結論】 早期緩和ケアの導入は、生活の質と気分状態の両方を有意に改善した。積極的な延命治療を受けた患者が少なかったにもかかわらず、生存期間はより長かった。 Temel JS, et al. “Early Palliative Care for Patients with Metastatic Non–Small-Cell Lung Cancer.” New England Journal of Medicine, 2010; 363(8):733-742. PubMed ENABLE III試験(2015年) アメリカで行われた別の研究でも、早期緩和ケアの効果が確認されました。 ...

April 27, 2026 · 2 min